2021/4/19 10:22

トランプが2ショットをせがんだ日本人レスラー!WWE王者は大統領を目指しがち?あのザ・ロックが出馬前向き発言!『プロレスと大統領』特集!

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あのロック様が、大統領選に前向き発言!


『チケット料金』については、以前の当欄でも特集したが、高額なそれとして、WWEの『6万5千円チケット』というのがあった。2002年3月1日、横浜アリーナにおけるWWEの8年ぶりとなる来日公演において、通常の約1万5千席が先行予約で完売。そこで、先行の抽選に外れた応募者を対象に、VIP用の2階ボックス席を6万5千円で販売したのである(限定48名)。本来は役員やスポンサー用に用意した同席は、リングまで距離があるだけに付加価値をつけることに苦慮したが、WWF側がスター選手の訪問や、サイン会などの特典を確約。いわずもがな、瞬殺での完売となった。

 どうやら、この時の席の価値が、天井知らずに上がる可能性も夢想出来そうだ。4月12日、俳優ドウェイン・ジョンソンが、アメリカ大統領選出馬に前向きな気持ちを発言したことが全世界的に報道で明らかに。そう、あの元プロレスラー、ザ・ロック様である(以下、様略)。前出のBOX席の特典として、ザ・ロックの来訪もあったのである。つまり、あの時、未来の大統領による厚遇を受けたことになる見込みも出てきたのである!

 もっとも、出馬については、意欲的なコメントがあったとはいえ、あくまで、それが期待される世の中の反応を受けて、ロックもリアクションしただけのこと。曰く、「もし実現したら、国民のために奉仕することは名誉だ」と。しかし、その世論も凄い。雑誌アメリカ版『ニューズウィーク』のアンケート中、46%の人が、ロックのアメリカ大統領選出馬を支持したのだ。つまるところ、出馬すれば、当選は確実なのではと思わせる。

 今回の当欄は、海の向こうのこの盛り上がりを受け、今までの他のレスラーの出馬騒動含め、『プロレスと大統領』というテーマでお送りしたい。

トランプ氏と2ショットを撮った日本人レスラー!


 先ず、プロレスと大統領と言えば、アメリカ前大統領の、ドナルド・トランプ氏だろう。2016年の出馬時、WWEの『レッスルマニア23』(2007年)に、出演していたことが喧伝。そもそも前歴の不動産王の時代から、大のプロレスファンだったというトランプ氏。1980年代後半、WWE(当時WWF。以下、WWEに呼称統一)のアイコン、ハルク・ホーガン他、ヒールのタイガー戸口(キム・ドク)とも交流があったという。1991年、WWEに出場した天龍とも、自ら2ショットをせがんでいる。凄かったのが、いざ大統領に就任すると、まさにそのプロレス的なアジテーションが展開した。「国防長官に指名するのは、“マッド・ドッグ(狂犬)”、マティスだ!」と、いかにもの異名付きで集会で明言したり(※ジェームス・マティス国防長官・2016年12月1日)、自らに不利な報道をした『CNN』には、自身のプロレス参戦時、攻撃した相手の顔に『CNN』とアイコラしたのが、まさに記憶に新しい(2017年7月)。極め付けは組閣時、中小企業庁長官に、ビンス・マクマホンの妻にしてWWEの元CEO、リンダ・マクマホンを起用したことだろう。

 かように、WWEとドナルド氏は昵懇だったわけだが、そもそもWWE自体が、政治をギミックとしてリングに持ち込むことに長けた団体。1990年の湾岸戦争時には、「フセインに魂を売った男」としてサージェント・スローターを登場させ、リングで抗争。1998年の『レッスルマニア』では、当時のクリントン大統領の元愛人(ジェニファー・フラワーズさん)をタイムキーパーに起用。2000年秋には、人気の生中継コンテンツ『スマックダウン』の枠にて、当時の大統領選候補者同士(ブッシュvsゴア)の生討論が企画された。こちらは未遂だったが、同番組が若者に人気なことを見越し、その政治離れを食い止めたい国政側の意向もあったようだ。

 こちらを勘案すると、先のザ・ロック含め、現実に大統領選出馬を口にしたレスラーの内訳は、ただの偶然じゃないようにも思えて来てしまう。実はそれらも、ロック同様、元WWE世界ヘビー級王者なのである。

WWE王者は大統領がお好き?


 先ず、1995年夏、同年11月のアメリカ大統領選に出馬を宣言をしたのが、ボブ・バックランド。中途の転落あれど、1978年から1983年まで約5年、WWE世界ヘビー級王座に君臨した名伯楽である。現地雑誌『TVレスラー』10月号、『プロレスリング・イラストレイテッド』11月号が、こちらのバックランドのインタビューとして、大統領選への意向を掲載。その心積りが明らかになったのである。言うには、『子供たちの誘惑への傾倒がひどい。ドラッグ、酒、タバコ……。今こそ健全な青少年育成を訴えたい』。なるほど、青少年相手のアマレス教室を開いていたバックランドらしいし、本人の性格も生真面目そのもの。この報道が日本に来た時には、当選はわからずとも、出馬は確実と思われたが、結局、立ち消えに。というのも、このインタビューの時点で、バックランドは、アメリカの2大政党である民主党、共和党以外での出馬を明言していたのだ。日本で言えば、無所属での立候補となるが、これでの当選は、2大政党が占拠するアメリカの政界では、ほぼ不可能と言って良かった。事実、そもそもの神輿を担ぐものがおらず、バックランドの熱意の言明のみに終わったのだった。同時に、無類のトレーニング好きで、それゆえに求道者とも取られることのあるバックランドらしい既成の権力を嫌う頑固ぶりは、彼らしい健全さに充ちてもいた。

 逆に、マスコミ、及び、政党がほうっておかなかったのが、1998年11月9日(現地時間)に、大統領選への出馬を表明した“超人”、そう、ご存じ、ハルク・ホーガン。実はこちら、本人的には、たまたま口にしただけの気持ちだった。というのも、まさに同年同月5日(日本時間)に、かつては敵役だった元プロレスラー、ジェシー・ベンチュラが、ミネソタ州知事に当選(※政界入りは1990年のミネソタ州ブルックリンパーク市長選当選から)。するとホーガン、マスコミを相手にこう一席ぶったのだ。「ベンチュラが知事になれるなら、俺なら大統領だ!」字面通り、ただのリップサービスだったが、スーパースターだけに、周囲が過剰なまでに反応。当時はWWEの対抗団体、WCWの所属だったのだが、このWCWが「全面バックアップする」と声明。続けてなんと、この時点で怨敵の筈のWWEのビンス・マクマホンが、「協力は惜しまない」と追随。ホーガンも調子に乗り、11月26日(現地)放送の人気トーク番組に出演時、殊勝に、こう宣言したのだ。「プロレスを引退する。みんながいるから、次期大統領への道を歩もうと思う」。こちらは日本でもニュースとなり、当時、日本版nWoの主力だった武藤敬司が、「本当なの?向こうのnWoのボスなのに、ショックだなあ……」と頭を抱えている(1998年11月27日・山形県米沢市営体育館大会)。

 ところが、そこまでアドバルーンが上がりつつ、その後はまさに風船がしぼむようにこの話は立ち消えに。これについてホーガンはこう語っている。

「出馬すると宣言してみたら、ちょっと怖くなるほどの熱狂的な手応えがあったんだ。奥ゆかしく取り消したけどね」(『ニューズウイーク日本版』2008年1月16日号)

大統領就任パーティーの、光と影。


 日本のプロレス黎明期に、政治家を目指したプロレスラーがいた。他ならぬ力道山である。自身の経営する『リキ・アパート』に、それこそ後の首相となる、中曽根康弘を住まわせていたが、2人が意気投合した理念が、以下だった。『首相公選制』。国民投票で、国の代表を決めるというコンセプトである。アメリカはこの制度を使用しており、つまりは、ロックが出馬すれば、当選となる可能性は高い。一方で1993年、知己のつてによりクリントン大統領の就任記念パーティーに出席した藤原喜明の、こんな言葉がある。

「パーティーと言っても、日本で言うでかい体育館みたいなところでやるんだ。マイケル・ジャクソンのショーとかあってね。これは、確かに開かれた国だなあと思って上を見たら、体育館の2階にあたるところに、銃を構えた警官がズラリ。大統領は危険と隣合わせということだよな。怖い国だよ」

 先述のホーガンの振り返りにも、この、一国の主になる恐怖が内在していると言って良いだろう。

 ムービースターとしても、それこそ世界一の稼ぎ頭のロックだけに、逆に言えば、周囲の安全も配した万全の盛り上げが、先ずは必須条件だ。冒頭のロックの前向きな言葉から、まだ数日しか経っていないだけに、今後の周辺からの働きかけも未知数。先ずは動静を見守りたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 大方の予想を裏切ってトランプが当選したとき、「日本政府はヒラリーの方しかパイプがないからどうやってトランプとつながるか悩んでる」みたいな報道が出てたけど、「んなわけねえだろ、トランプとつながりのあるプロレス関係者なんか山ほどいるだろ!」って思ってたの思い出しました

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    (2021/6/2 4:19)
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