2016/7/12 10:02

プロレスとは禅である? マット・サイダルに学ぶ”Reborn”のススメ

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プロレスとは禅である? マット・サイダルに学ぶ”Reborn”のススメ
5.0

ご存知の方も多いだろう。新日本プロレスの公式You Tubeチャンネルに「NJPW OnTheRoad : Sydal & Ricochet」という動画がアップされている。現在、新日本プロレスにレギュラー参戦している2人のレスラー、マット・サイダルとリコシェに密着しつつ、インタビューを行っている動画なのだが、これが非常に興味深いものだった。

この動画の中で、私が注目したのは、マット・サイダルがこのように表現していたことだ。

「俺にとってプロレスリングは、禅みたいなものだ」

細かい経歴などはここでは省略するが、サイダルは、2012年、交通事故に遭い、その怪我の影響でWWEを解雇される。この動画の中で、彼はその時の気持ちを「心を失いかけた」と表している。「医者にはもう二度とプロレスはできないと言われた」とも、足の甲の骨は今でも出っ張っていて「キックをする度に痛い」とも。

医者にもう二度とプロレスはできないと言われたサイダルは、いかにして”Reborn”したのか?

そのひとつは、ヨガである。怪我の影響でそれまでやっていたトレーニングができなくなったサイダルは、今までと違う発想、違うトレーニングで、一から体を作り直したという。

ヨガで復活といえば、プロレス者なら、あの男を思い出さずにはいられないだろう。そう、西村修である。復帰戦での「大阪府立体育会館にガンジス川を見た気分です」という言葉は、私的にオールタイムベストプロレス名言のひとつだ。
西村修といえば「無我」だが、サイダルもまた、無我の境地を目指すレスラーである。彼はプロレスをやっている時の感覚を「ineffable(筆舌に尽くしがたい)」と表現する。

「俺にとってレスリングは神聖な経験に近い、いわば禅みたいなものだ」
「空中を飛んでいる時は、まるで宇宙と一体になっている気分だ」
「俺たちにとって、空気は水みたいなものだ。抗うんじゃなくて、同化するんだ」

生きていて、何かにつまずかない人はいない。大なり小なり、人は必ず何かにつまずき、時にはそれを乗り越え、時には乗り越えられなかったりする。
この動画の中で、サイダルは「プロレスラーが自分にとって運命の夢の仕事だと思う瞬間はどんな時ですか?」という質問に対し、「俺は夢の仕事だと思ったことはない、プロレスをすることは夢じゃなくて自分自身だから」と答えている。

自分自身であること、イコール、プロレスラーであること。

私たちはプロレスラーではないが、これは、すべての人が目指すべき境地のように感じる。そして、そのために大事なことは、向上心を忘れないこと、諦めないこと。怪我で今までの自分を失ってしまったなら、今までと違うやり方で、一から自分を作り直せばいい。そう、人は”Reborn”することができるのだ。

サイダルは言う。「見ている人たちにも、その無心の境地を感じて欲しい。この生き方を追体験して欲しい」と。
勿論、無心の境地というのは、あくまでサイダルの表現、サイダルが見せたいものだ。この世界には様々なレスラーがいて、それぞれに違った表現、見せたいものがある。だからこそ、プロレスは多種多様なファンに支持され、影響を与え続けているのだろう。
色んなことを考えさせられる、興味深い動画だった。改めて、プロレスラーって、かっこいい。


余談。この動画によると、サイダルの今一番好きな日本のレスラーは中西学らしい。論理よりも本能に従って行動する野人は、ある意味、サイダルの理想なのかもしれない。さすがの視点である。

この記事を書いたライター: 富家イチロウ

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