2021/11/20 12:00

伝説の『10・9』は『10・10』の代替!? 東京ドームのマウンドで発表された合同興行!一体何が?新日本とノアが同日同時刻会見!『同日&共同会見特集』!

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11月20日(土)午後2時より、ABEMAで生中継!


 一部報道で公になったが、11月27日(土)、NHK・BSプレミアムにて、病床のアントニオ猪木に密着したドキュメンタリー『燃える闘魂 ラストスタンド』が放映される。こちら、不肖・筆者も全面的にお手伝いさせて頂いたのだが、実は約10ヵ月がかりだった同企画、最初の頃は、さまざまな企画の切り口が浮かんでは消えたのも事実だ。定番とは言え、やはり猪木は戦う人であるし、対抗軸に、ライバルなり敵なりを持ってくる作り方も捨て難かった。馬場、アリ、そして世間etc……。同番組の詳しい予告は、ちょうど放送前日となる来週の当欄でさせていただければと思うし、この案が採用されたわけではさっぱりないが、余りにもダイレクトな『同日興行』という勝負になったことだけでも、2回ある。オールドファンなり、猪木ファンならご存じだろう、1つは『力道山13回忌興行』(1975年12月12日・蔵前国技館)。半ば全日本プロレスが音頭を取った大会に、力道山の愛弟子の猪木は不参加。同じ日に大物、ビル・ロビンソンとの一騎ちをメインにした新日本プロレスの日本武道館大会が決まっていたのだ。この内実については諸説あるのだが、いずれにせよ、猪木には批判が集中。最近の当欄にも書いたが、こちらの“手打ち”は大変だったようだ。しかし猪木がこの時、残した一言は尊い。「良い試合をすることこそ、力道山先生への最大の供養」。実際、ロビンソン戦は至高の名勝負となり、2002年、新日本プロレスが創立30周年を記念して実施した歴代のベストバウト投票でも1位を獲得した(2位は猪木vs藤波、3位は武藤vs高田)。もう一つは記憶に新しい、プロレス・オールスター戦『ALL TOGETHER』(2011年8月27日・日本武道館)でのこと。真裏に自団体IGFの興行をぶつけたのだ(両国国技館)。結果的に2つとも大入りとなったが、いかにも猪木らしい方策だと思った。

 今週、驚きの発表がなされ、話題を呼んでいる。新日本プロレスとノアが、11月20日(土)午後2時から、ABEMA格闘チャンネルで会見するのだ。まさに、同日同時間帯会見。最初は新日本のみの発表で、にもかかわらず、『緊急記者会見』とあったので、「何なのかな?」と思えば、11月18日(木)の夜になって、ノアからも全く同じ告知があったのだ。しかも、偶然ではない。ノアが貼ったリンク先に行くと、そのまま、新日本の『緊急記者会見』のリンク先に飛ぶのである。大元がABEMAなので、放送関連の事柄である可能性もあるが、いずれにせよ、前向きな期待をせざるを得ないだろう。

 今回は、この会見を前に、『同日&共同会見』特集としてお送りしたい(文中敬称略)。

一旦は終わっていた、伝説の同日会見


 まず、『同日、同時間帯会見』の白眉と言えば、1995年8月24日。午後2時より、新日本プロレスとUWFインターナショナル(以下Uインター)が、それぞれの事務所で会見。Uインター側は、所属選手の山崎一夫が7月に退団。そして、同月内に新日本が同選手をリングに上げたことに激高。新日本側の長州が、Uインター側のフロント3人を「3バカ」と言ったことにも立腹。「3バカだと!? 絶対に許さん!」(当時の取締役、鈴木健)とし、この日は、「新日本を告訴する」と息巻いていた。

 対して新日本側の会見内容は、ざっくり言うと、Uインターや、山崎をリングに上げたことへの事情説明。先んじて東京スポーツ紙上で、「テーブルについてもいい」という旨の発言をしていた長州が、この日も会見をしたが、いたって穏やか。「『3バカ』って言ったことを怒って、告訴しようとしてるの?じゃあ俺、それについては謝るよ(笑)」とし、報道陣からも笑いが。実は、ここで一旦、会見が終了。長州は事務所内の自分のデスクに戻り、報道陣は、その近くに行くもの、記者会見用の会議室でダベるもの、様々だった(午後2時40分)。Uインター側も、山崎の契約が8月5日まで残っている契約書を見せ、午後2時32分に会見は終了した。ここからは東スポの記者が動く。新日本事務所にいた柴田記者と、Uインター側にいた成田記者が互いに連絡。「この、『テーブルについてもいい』という言葉の真意を知りたい」とする高田延彦の言葉を受け、午後3時5分に、成田記者が柴田記者に「高田から」と電話をかけ、柴田記者がその電話を、長州に繋いだのである(※固定電話から、長州のデスクに繋ぐ形。携帯電話普及前だった)。自分のデスクで電話を受けた長州の表情が一変。「ちょっと、マスコミ、下がってくれ!」と厳命。マスコミは全て、会議室に追い立てられ、いわば、閉じ込められる形ともなったが、ドア越しに長州の声が聞こえるので、たまらず数人の記者がドアをオープン。「ホントか!? テメー、この野郎!よしっ!」と叫び、「(営業部長の)上井(文彦)は来てるか!? 上井に連絡取ってくれ!」とこれまた大声。同じく営業部長の山中秀明営業部長に、「どこでもいいぞ!ドーム押さえろ!」とした。

 全て詳述するのも文意ではないのでこの辺にしておくが、これにより、この年10月9日の東京ドームにおける、両団体の全面対抗戦が緊急決定したのである。以降、各団体の関係者に話を聞き、筆者ももろもろの内実を聞くこともあるのだが、この時の迫力や急転具合は鮮烈そのものだった。なお、この後、長州、及びマスコミのいる会議室に、山中部長が2度来訪。まず、直近で10月9日の東京ドームが空いていることを告げ、長州が「押さえちゃえ、よし!」と机を叩き、再訪は山中部長が、「取れました」との報告。ところが長州も若干気持ちが落ち着いたのか、「(10月)10日は?」と聞いている。当時、10月10日は『体育の日』の祝日で、出来ればこちらにしたかったのだろうか。なお、山中部長の返答は、「野球が入ってます」だった。

 なお、後に知ったが、長州との電話を終えた高田が言ったのは、「向こうは、やる、と言ってる。ただ、裁判なのか試合なのかがよくわからない」。いやはや、なんともナチュラルな反応であり、Uインター側の会見にいた記者が、新日本側のそれと比べて温度差があった可能性はあるだろう。

 今回の新日本とノアは、同舟会見になることも否定出来ず、こういったスリリングなやり取りはないと思うが、何週間も前からの告知でなく、ノア側に至っては実質、2日もない直前での告知に、やはりワクワクしている筆者である。

東京ドームのマウンドで、夢の発表!


 メジャー団体同士の同日会見。お次は共同会見を。2006年11月15日を期日に、新日本プロレスから妙なお達しがあった。会見場所が、『東京ドーム内』、しかもそのグラウンドとなっていたのである。当時の新日本社長・サイモン猪木がマウンドに立ち、あらかたマスコミが集まると、場内に聞き覚えのあるメロディが。武藤敬司の入場テーマだ!果たして、ベンチ裏からスーツ姿で現れた武藤は、がっちりサイモンと握手。ビジョンに映された文字は、『新日本プロレス・全日本プロレス創立35周年記念 レッスルキングダム IN 東京ドーム』。新日本と全日本の同舟興行が明らかになったのだった。試合は翌年のお馴染み1月4日におこなわれ、棚橋vs太陽ケアのIWGPヘビー級選手権、鈴木みのるvs永田裕志の三冠戦、川田利明vs中邑真輔、さらに、武藤&蝶野vs天山&小島という、新日本&全日本混成タッグ対決がファンを沸かせた。

 以前取材した内田雅之さん(当時の全日本プロレス社長。以下、役職は当時)に伺ったが、もともとの呼びかけは新日本から。つまり、主催は新日本で、全日本はそちらに協力する形だが、それも、夏ごろには話があったという。時間がかかった背景は、武藤が乗り気でなかったからとか(武藤自身も会見時にそう発言)。というのは、全日本プロレスはそもそも、1月2日、3日と後楽園ホール大会をおこなうのが常道化しており、ドームで試合をすれば三連戦。膝の調子で既に悩んでいた時期の武藤だけに、キツめの日程に難色と言ったところだったようだ。事実、対戦相手について問われると、当時、リング上で蝶野に襲われることもあったサイモン社長に、「リングデビューしたらしいじゃん?俺との社長対決でもいいなあ」と、かなりの安パイ指向で、サイモンを苦笑いさせている。一方で、内田社長はウェルカムだったとか。「選手に東京ドームを経験させられる」というメリットを重要視。諏訪魔や近藤修司も、この時、上がっている。個人的には、「生々しいけど、新日本に上がる時の武藤さんのギャラって、多分、現行のプロレスラーでも一番高いくらいなの。うちに新日本の選手を呼ぶ時、『安くてすいません』と思ってたくらい(苦笑)。武藤さんがワンマッチで新日本に上がるのと、この時、武藤さんも含めた全日本の総勢で新日本に上がるのと、ギャラが少ししか違わなかったの。グロスで、武藤さんの分が少し安くなったという計算もあるけど、要するに、武藤さんありきの交流だったんだよね」(内田社長)現在のノアには、当然、武藤がおり、この切り札と新日本が絡むことになれば凄いのだが。

 そして、記憶に新しいのが2012年7月1日の両国国技館大会。今度は創立40周年記念として、新日本、全日本の共催興行が。実は5年前、もしくはそれ以前については、新日本との交渉について、間に、両方に顔の利く人物を介すことも多かった(プロレス映像会社『ブロンコス』のS氏など)。だが、この時期になると両団体の仲はツーカーもツーカー。というのも、新日本の社長が菅林直樹になり、前出の内田とは同郷(北海道)。胸襟を開き、「それこそジンギスカンとか食べながら」(内田)、互いの情報交換をしていたという。よって、スムーズな共催興行に至ったのだった。

 今回の同日同時刻会見は、互いの事務所にマスコミを呼ぶ形でなく、あくまでABEMAからの披露。そういう部分では、冒頭にも述べたが、何か中継等、そちら関連の発表も考えられよう。ただし、特にブシロード体制からは、他団体との交流は極めて控えめにして来た新日本だけに、同日同時刻会見だけでも、大きなエポックである。

 胸躍る発表、並びに、業界の盛り上がりに、期待したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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