2021/9/20 9:56

馬場、藤波に続く、3000試合突破者は?幻に終わった、高田の新日本での栄誉!初のプロレス殿堂、6人が決定!プロレスラーと殿堂入りを考える!

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馬場、藤波に続く、3000試合突破者は?幻に終わった、高田の新日本での栄誉!初のプロレス殿堂、6人が決定!プロレスラーと殿堂入りを考える!
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第2回大会も、来年10月に決定!


 友人のデザイナーに頼まれて、2009年、越中詩郎選手関連の仕事をしたことがある。友人の提案は、こうだった。「越中さんは1979年デビューということで、今年は30周年。そこで、新しいTシャツ、作ろうと思ってるんです」「うんうん」「そこでお願いなんですが、越中さんの今までの試合、全部数えてくれませんか?」「!!」“今までにやった試合数を、バーンと大書して出す”、これを新Tシャツのキーデザインにしたいということだった。

 売り出す日は決まっていたが、意外と期間を貰ったこともあり、暇な時、数えていた。ところが、試合が今世紀分に入ると、あと少しなのに、筆者は妙にドキドキし始めた。その時点で試合数は2,500を突破。ところが、越中選手自身、以降、新団体に移籍したり、果てはその団体が潰れたりと、流転のプロレス人生。試合がなかった時期、友人の誘いでバーテンダーをし、糊口を凌いだことも知っていた。試合数が思ったほど増えず、2,800や2,900といくつで合計が終わったらどうしよう、と考えたのだ。「だったら3,000試合ちょうどの時、記念で発売すれば良かったじゃないか」と言われかねないし、筆者がファンなら、やはりそう思うと思う。

 結果、出た合計試合数は、『3,136』。紛れもなく、感動した。公式に記録が出ている中で、国内3,000試合を超えていた日本人レスラーは、その時点で、ジャイアント馬場と藤波辰爾だけだったのだ。当時の拙著にも書いたが、恵まれた体格があるわけでもない、シンデレラボーイでもない、そんな彼が愚直に積み上げた数字に、輝く価値があると感じたのである。

 9月14日、15日、両日に渡り、『日本プロレス殿堂会』主催興行が開催(後楽園ホール)。その場で、日本初の、プロレス殿堂入りレスラーが発表された。内訳は、馬場、猪木、鶴田、藤波、長州、天龍の6選手。どこから見ても文句の付けようのない人選と言っていいだろう。しかも、来年の10月9日、10日には、同じ後楽園ホールで、第2回大会の開催も決定。来年は、どんなレスラーが殿堂入りするのか。初代タイガーマスクや坂口征二など、頭の中で想像をめぐらすのも楽しいだろうし、選手のみならず、レフェリー、フロントの選抜にまで思いを馳せるのも一興だろう。いずれにせよ、始まったばかりの同制度だけに、今後の進展が望まれるところだ。

 今回の当欄は、他スポーツを含めた、この『殿堂入り』状況を検分。プロレスラーと、その殿堂入りについて考えてみたい。

惜しまれる『NJPWグレーテストレスラーズ』の消滅。


 さて、プロレスの殿堂と言えば、WWEが毎年発表する『Hall of Fame』が有名。しかし、それ以前にも、この殿堂の類がなかったわけではない。ミズーリ州セントルイスには、1947年から続くそれがあるし(ルー・テーズ、テリー・ファンクなどが選出)、アメリカの専門誌『レスリング・オブザーバー』では、そのミニコミ誌的側面を宜しく、読者投票により殿堂入り選手を決定。1996年の馬場、猪木、鶴田、藤波、長州、天龍、前田日明、高田延彦、三沢光晴、大仁田厚らをはじめ、以降、闘魂三銃士や川田、小橋、ウルティモ・ドラゴン、桜庭和志などなどが、功績と人気面から見れば当然のように授賞している。また、WWF(現WWE)の敵対団体として1990年代、名を馳せたWCWにもこの殿堂制度があった。1995年には、猪木が日本人として唯一、同団体の殿堂入りを果たしている。

 そして、日本でもかような試みは、実は何度も行われてきた。1998年には、老舗・全日本女子プロレスが30周年記念大会(11月29日・横浜アリーナ)をおこなうにあたり、女子プロ界の歴史に貢献した20人を殿堂入りとして発表。日本初の女子レスラー、猪狩定子さんを始めに、翌年、急逝するジャッキー佐藤さんなどが選ばれ、今、振り返っても、意義深い催しに。かつてのNEO女子プロレスも、同団体への貢献者を中心に、2005年と2010年の2回、殿堂入り選手を選出。もちろん男子も負けてはおらず、新日本プロレスは2007年より毎年の旗揚げ記念日(3月6日)をメドに、同団体の功労者を表彰する『NJPWグレーテストレスラーズ』を開始。2011年まで、猪木、坂口、前田、橋本真也などが授賞した。翌年より、新日本プロレスはブシロード体制になり、(それが理由かはわからないが)この制度も消滅してしまったが、出来れば続けてほしかったプロジェクトである。

 ところで、以前も当欄に書いたのだが、この『NJPWグレーテストレスラーズ』の2011年度の受賞者はドン荒川さん1人だったのだが、実はもう1人の大物の登壇が予定されていた。それが高田延彦。なるほど、実績や認知面では文句なし。高田サイドも新日本プロレスのリングへの久々の登場について、含むものはなかったという。ところが、結局、授賞は中止に。ただ単に、当日(2011年3月6日)、高田に別の仕事があったためだった。それを聞いて、一瞬、奇異な気持ちになったのを覚えている。(当日、出れなくても、授賞は施して、後日、改めて来てもらえば良いのでは?)と思ったのである。そして、そこにこの企画の一種の弱点があった。存命人物については、授賞は来場前提だったのだ。つまり、あくまで、ファンサービスの一環としてのイベントだったのである。

 ここまで来ると、今回の『プロレス殿堂』との違いは明白だろう。そう、上記の日本の各賞は、あくまで、団体が所属した選手に施し、果てはその団体のファンに喜んで貰うためのもの。対して、『プロレス殿堂』は、あくまで、プロレス界全体を見据えたそれなのである。

選出に厳格な規定あるジャンルも。


 ちょっと調べてみただけでもわかったのだが、『殿堂』を設けているジャンルの多いこと!メジャーリーグ・ベースボールは勿論、世界を対象とした、世界フィギュアスケート、ワールドラグビー、国際体操、国際柔道連盟、国際ソフトボール、世界ボクシングのそれに、ゴルフも全世界を対象とした殿堂認定制度が。スポーツだけでなく、例えばジャズにもこれがあり、1999年には初めて日本人が授賞している(ジャズピアニスト・秋吉敏子さん)。対象が日本だけでも、プロ野球は言うに及ばず、競馬に囲碁、津軽三味線、果ては、「外来種釣り上げ名人」まで!こちらは、3年連続で外来種の釣り上げ名人に選ばれると殿堂入りとなる。『ゆるキャラ』にも殿堂入りがあり、こちらはファン投票の『ゆるキャラグランプリ』で1位になると確定のようだ。大袈裟に言えば、殿堂を制定していない分野を探すことの方が、難しく感じるほどでもあった。

 つまり、その人気や潜在的なものも含むファンの多さから考えれば、プロレスの殿堂制定は、遅過ぎた印象もある。だが、長く見てきた読者なら、その難しさも同時にわかるだろう。プロレス団体の歴史は、離合集散の歴史。一堂に会すのが難しい世界。例えば、それこそ筆者がプロレスを観始めて数十年、何か事件が起こる度に、統一コミッションの立ち上げの必要性が言われてきたが、未だに存在しない。

 殿堂入りに、明確な規定を設けている分野もある。例えばプロ野球なら、取材記者による得票が一定の率に達しないと殿堂入りは出来ないし、しかも、その投票が出来る記者のキャリアについても、厳しい決まりがある。これがプロ野球の殿堂入りを、万人に納得させるものにする一助になっているのは確かだろう。ところが、プロレスになぞらえると、こういった定め事の面から、選手を選出するのは、極めて難しくなっていく。現役の年数? タイトルの獲得数? 勝利数? それともメインを張った回数だろうか? 無論、こういったものがプロレスラーの価値の1側面に過ぎないことは、読者の方が重々ご存じだろう。付言すれば、各スポーツ紙のプロレス担当は、ぼぼ3年に一度換わるので、記者による選び出しも難しいところ。それに、ここ10年、それこそ業界を報道の面から支えてきたプロレスマスコミの重鎮たちが、次々に鬼籍に入っている。殿堂入りのチョイスに、先人たちの力を借りられないのも、残念な部分ではあろう。

楽しみなインダクターらの存在。


 そこで、是非はともかく参考になるのが、WWEの『Hall of Fame』。日本人レスラーで、猪木、藤波に続き、2020年、獣神サンダー・ライガーが授賞。その時のライガーの発言は、なんとも正直なそれだった。「なんで、僕なんでしょうね?」ライガーがWWE系のリングに登場したのは、2015年8月のNXT大会のみ。WWEへの貢献度からすれば、他のレスラーに遠く及ばない。だが、気に病むものでもない。『Hall of Fame』は、WWEだけでなく、「プロレス界全体への貢献」が、その選出の第一要素としてあるのだ。この辺りは、まさに今回の『日本プロレス殿堂会』も、同じ主旨を持っていることだろう。肝要なのは、選手へのリスペクトであり、こちらを同会が外す心配はないだろう。

 そして、以前も書いたが、『Hall of Fame』は、そのイベントのみにも関わらず、毎回、会場のチケットは完売。理由は式典の、極度なショーアップ。例えば2009年に受賞したスティーブ・オースチンなどは4輪バギーで入場。マイク・タイソンや、アーノルド・シュワルツェネッガーも登場。しかも、2人とも、(WWEでレフェリーを務めたり、乱戦に参加したりはあったが)『Hall of Fame』を授賞!いやはや、これでは客を呼ぶための褒章であり、本末転倒でもあるのだが、つまりは、それだけイベントに徹しているということでもある。

 今回の殿堂入りに関しても、馬場のインダクターを和田京平が、長州のインダクターを天龍が務めるなど、盛り上がった。秘蔵動画の上映や、各種チャリティーオークション、トークショーの類など、考えられる切り口はさまざま。最初から無理する必要もないし、さまざなトライで可能性も広がっていくだろう。個人的には、『Hall of Fame』の開催が『レッスルマニア』の前日であることもあり、例えば新日本プロレスが『1.4』の前日にやっていた『大プロレスまつり』などとコラボ出来ると良いと思うのだが。

「思い出には勝てないよ」が武藤敬司の名言。その思い出を共有出来る場が増えたことを嬉しく思い、同会の発展を温かく見守りたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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