2020/12/6 11:15

つんく♂、女子プロに絶望!? カールスモーキー石井とハヤブサの友情!東京ドーム大会テーマ曲を木梨憲武がプロデュース!プロレス界、プロデュース名鑑!

閲覧数:1064

5.0

宇崎竜童の名曲『生きてるうちが花なんだぜ』をアレンジ&カバー!


 11月30日(月)の早朝、テレビを点けていたら、少なからず驚いた。新日本プロレスの恒例・東京ドーム大会(2021年1月4、5日)の話題が、エンタメコーナー『朝いちエンタメ』の枠で放送されていたのだ。番組が『ワールドプロレスリング』も放映するテレビ朝日『グッド!モーニング』だったのはさもありなんだが、プロレス好きでない視聴者にとっては、純粋にプロレスの情報として受け取れたこと請け合い。その内容は以下であった。

『木梨憲武、プロレス盛り上げる』。各媒体の既報通り、来年の東京ドーム大会のテーマソングをとんねるず・木梨憲武が担当。オカダとともに同曲のMV撮影にも挑み、いわば全面プロデュース。同大会を特別プロモーター役として盛り上げることも決定したのである。

 とんねるずと言えば、相方の石橋貴明のプロレス好きが有名。1980年代中盤のブレイク前でも、「スパークリングフラッシュって、ワインじゃないんだから、前田(日明)さん」と、当時の前田の異名をネタに漫才をしていた記憶があり、(これって、プロレスファン以外にわかるのかなあ?)と視聴者だった筆者はどこか心配したものだが、ブレイク後もそのスタンスは余り変わらず。ディック・ザ・ブルーザーの仮装でゴールデン枠の番組に登場したり(本人が説明したから分かったものの)、『ベルト』というキーワードが出ると、「NWAの?」と返すなどなど。2000年代初頭には、自らのトーク番組で、「高田(延彦)がああなっちゃったからね……。正直、キツイとは思う」と、総合格闘技人気に押されるプロレスを憂いていた。対して木梨は、まさに出だしの会見に同席したオカダが言うように、「木梨さんにプロレスのイメージがあまりなかった」印象を持つ方が多勢なのではないか。一方でオカダはこんな言葉も。「木梨さんと一緒に仕事ができるところまで新日本プロレスも来ることができたんだな…と、感慨深かったです」。気回しもあるかも知れないが、そもそもプロレスがエンタメ情報の一角として扱われることは極めて少ない。それだけでも大きなパブリシティになったことだろう。とはいえ、当日に向けての効果のほども当然、気になるところだ。

 というわけで今回の当欄は、プロレス界に他業種からほどこされて来た、数々のプロデュースをご紹介。その歴史を振り返り、意義についても考えてみたい。

有名人によるプロデュースあれこれ。


 先ず有名なのが、2000年、音楽プロデューサー、つんく♂がプロデュースした歌唱ユニット『キッスの世界』。全日本女子プロレスを放映していた『格闘女神ATHENA』内で企画が始まり、当時の所属4選手によって結成されたアイドルグループ。メンバーは高橋奈苗、納見佳容、脇澤美穂、中西百重という、今、振り返ればかなり豪華な面々。デビュー曲『バクバクkiss』の歌詞は甘く、乙女チックで、戦う姿とのギャップを捉えた良い打ち出しに思えたが、つんく♂自身は極めて前途多難に感じたとか。というのも、4人とも激闘で、声が既に潰れている状態。なので、音域を狭めた曲を作らなければならなかったという。挙句、デビュー発表会見(2000年2月14日)で言うには、「カラオケでも、こんなに下手な人たちは、滅多にいない」。同年3月4日の横浜文化体育館大会に、つんく♂の姉さん分ユニット『太陽とシスコムーン』も駆けつける中、リング上で4人は生歌を披露。出来はさておき、「頑張って来て良かった。目標はオリコン100位以内」と涙を流す納見の姿が印象的だった(※同曲のオリコンの最高位は43位)。つんく♂は2008年に、アイドルが中心にリングで戦う大会『真剣 女の陣 ザ☆キラー♡コンテンツ!』を2度プロデュース(8月6日、12月29日・新宿フェイス)。やはりレスラーは歌よりも戦う姿が一番と思ったのかも。

 同じ2000年には、電撃ネットワークの南部虎弾がプロレスラーをプロデュース。とはいえ、お笑いやパフォーマンスをやらせるのではなく、その肉体美をフューチャーし、写真集を作成。アラーキーこと荒木経惟による撮影と、かなりの鳴り物入りで、タイトルはそのまま『格闘男』。登場する選手は、ザ・グレート・サスケ、アレキサンダー大塚と言った当時のインディ系から、この年に躍進した藤田和之、桜庭和志、村上和成など、今考えれば同舟すら貴重な面々。いたづらにメジャー団体に目を向けなかった着眼が光る、今では資料的価値も高い一冊となった。

 そして、プロデュースと言えば、武藤敬司期の全日本プロレス。2008年2月15日には、セクシー女優・夏目ナナのプロデュースで成人向け放送チャンネル『プレイボーイ チャンネル』とのコラボ興行を開催(新宿フェイス)。大会は、30歳以下の独身プロレスラーによる6チーム参加のワンデータッグトーナメント。各チームには一人のセクシーアイドルがセコンドに尽き、勝ったチームが相手セコンドのセクシーアイドルを獲得。つまり、優勝すれば6名のセクシーアイドルに囲まれるという斬新な趣向だった(優勝はKUSHIDA&T28組)。ファッションデザイナーのNIGOプロデュースによる興行『BAPESTA!!』も有名。前者が新たな男性ファンを誘引するものなら、こちらはファッションの面から新たなファン層を獲得しようという企図で、実際、全日本プロレスとNIGOとのコラボTシャツも発売されていた。また、プロデュースとは違うが、『ももいろクローバーZ』が登場したことも(2011年10月23日・両国国技館)。こちらはもちろん、アイドルファンたちへのアピールで、武藤全日本のぬかりない指針がうかがわれるが、それにしては夏目ナナ興行の時、解説についた武藤の「お客さんは試合じゃなくて、女の子のケツばっかり見てたんじゃないか?まあ、オレもそうだけど(笑)」という総括が気になったが、いずれにせよ、2008年と言えば、業界も好況とは言えなかった時期。かようなチャレンジ精神は特筆されて然るべきだろう。

 最初につんく♂の例を挙げたが、同じく有名ミュージシャンでも、プロデュースの仕方はさまざま。米米クラブのカールスモーキー石井は1997年、人気マスクマンのハヤブサをプロデュース。こちらも音楽番組『音楽空間アンモナイト』の企画ではあったが、内容は、「新たなマスクをプロデュース」。ハヤブサが素顔の若手時代、メキシコに修行に出る際にファンからもらったカセットテープに米米クラブの曲が入っており、そこから同バンドのファンに。「辛い時は、米米の曲を聴いて頑張りました」(ハヤブサ)。この話が石井サイドに伝わり、プラス、石井がデザイナーとしての顏を持つがゆえに実現したもので、同年7月27日の後楽園ホール大会でハヤブサはそのマスクを装着。従来のハヤブサマスクとは一線を画す、アニメで言えばガッチャマンを思わせる新鮮かつカッコ良いデザイン。石井はプロレスにこそ詳しくないが、アメリカン・コミックに造詣が深く、その嗜好を存分に活かしたもので、この一夜で終わるのが勿体ないほどの出来であった。そして、ここから2人は交流。諦めずに怪我からの再起を目指すハヤブサの姿に、石井も何度も勇気付けられたようで、2015年の『24時間テレビ』では、ハヤブサの友人として駆け付け、ステージで共演。石井がハヤブサの前で歌ったのは、『君がいるだけで』だった。

プロレスラーによるプロデュースも。


 ところで、プロレスラーが他業種をプロデュースする例も。こちらで有名なのは、なんと言っても橋本真也監修による『破壊王弁当』シリーズ(2001年)。とにかく高カロリーな代物で、コンビニ『サンクス』からの発売だったが、余りの売れ行きに第2弾が出る評判に。これに追従し、蝶野の『STF弁当』(サークルK。STFは、ステーキ、トンカツ、フィッシュフライの略)、武藤敬司の(三冠王者を祝した)『トリプル丼』(サークルK。カツ丼、唐揚げ丼、牛丼のコラボ)も出たのだから、その人気もわかろうもの。なお、橋本はこの年度の長者番付に顔を出しているが、それは、このプロデュースによる利益も大きかったという。ちょうどこの時期、筆者は橋本を取材したのだが、「(『破壊王弁当』の)キャッチフレーズは、『食った分だけ働けばいい』!」返す刀で、アスリート体型を維持するため、肉の脂身を避けるという小川直也には、「だったら俺は言いたい。最初からヒレ肉を食えと」と威勢が良かった。

 実は猪木もこの橋本の恩恵にあずかっており、『破壊王弁当』の翌年、同じサンクスが猪木プロデュースによる『闘魂弁当』を発売(3種類)。余勢をかって、『安田(忠夫)のスタミナ弁当』まで発売になっていたのだから凄まじい。だが、売り上げはとても橋本にはかなわなかったというから、橋本の大食漢のイメージが、ここでは功を奏したか。

 とはいえ、猪木もプロデュースでは負けてない。1980年代には『猪木ゆかり』なんてアイドルもいたが、こちらは名前を貰っただけで、厳密には猪木プロデュースではないよう。また、今ではご当地ソングの大家として知られる演歌歌手、森山愛子は、この芸名を猪木から授かった。実はデビュー前、猪木事務所でバイトしていたことがあり、その縁だったという。いささか筆が滑ったが、猪木プロデュースとして知られるのは、デビュー50年以上を誇り、紅白歌合戦にも10回以上出場の実力派歌手、弘田三枝子。1999年に猪木プロデュースのコンサートをおこなっている。その名も『闘魂』。実は猪木が弘田の大ファンだったことからの縁。「今の日本には闘魂が少なすぎる」と感じていた猪木が、弘田の公演を見て「僕はリングの上で闘魂を生きがいにファイトしてきたが、ミコちゃん(弘田)のステージには僕と同じ闘魂が感じられる」と共感し、実現したとか。弘田さんは本年7月に逝去されたが、前年12月までライブをおこなっており、まさに闘魂溢れる歌い手人生だったようだ。

 他にも、武藤敬司がパブラウンジをプロデュースしたり(1998年、『NWO&ピュアシェリー』。静岡市)、新日本プロレスとアミューズがコラボした『海の家(正式名称は『真夏のライオンキッチン』)で、真壁が独自のカキ氷をプロデュース(2017年)などなど、挙げていけばキリがないが、やはり名前は人口に膾炙するそればかり。他業種をプロデュース、イコール、一流レスラーの証と言っても、言い過ぎではないだろう。

他業種を魅了する大会に期待。


 2015年、元全日本プロレスの社長、内田雅之氏にインタビューしたときのことだ。前出の『ももクロ』が登場した両国国技館大会に触れ、筆者が言った。「また、出てくれると良かったですけどね」すると、内田さんは答えた。「いや、それは違う。あの時から彼女たちは、グングン上がって行ったでしょう?すると、コラボすると、図式として、彼女たちの人気頼みみたくなってしまう。それは違うと思うんですよね」

 全日本プロレスを興行会社として指揮して来た内田さんのこと言葉からすれば、冒頭のオカダの「木梨さんと一緒に仕事ができるところまで」という発言は、非常に意義深く思う。先日の本稿でも、東京ドーム大会を観戦して一気にプロレスの虜となった松井珠理奈さんに触れたが、つまりは、コラボなりプロデュースする側を凌駕する意気込みも必要だろう。

 コロナ禍に泣いた本年だけに、来年は仕切り直しの一年となる。その嚆矢となる東京ドーム大会の成功を楽しみにしたい。

※11月24日(火)より、新たな拙著『さよなら、プロレス (伝説の23人のレスラー、その引退の真実と最後の言葉)』(standards)が発売中です。ご興味のある方は、宜しくお願い申し上げます。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

    まだコメントはありません。

おすすめ記事

新しいコメントを投稿する

 [PCから画像ファイルをアップロード]

関連付けられたタグ

なし
[タグを付ける]

<< 一覧に戻る