2020/11/30 12:21

ベイダー&森嶋殺法も炸裂!リベンジを誓った若きオカダの決意!盤石のGHCヘビー級王者・潮崎豪の1年を振り返る!

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ベイダー&森嶋殺法も炸裂!リベンジを誓った若きオカダの決意!盤石のGHCヘビー級王者・潮崎豪の1年を振り返る!
5.0

11月22日の中嶋戦で、5度目の防衛!


 武藤敬司は2018年、膝の手術を受けるにあたり、その方面の名医であるS医師に相談。横綱・白鵬なども治療したS医師は、しかし、こう応じたという。「でも、武藤さんは、もう55(歳)でしょう?(苦笑)」(※当時)。その年で、動ける膝を作ること自体ナンセンスと感じたのだ。S医師はプロレスをまるで知らなかった。なんなら武藤についても、「神奈月さんが物真似をやっている人」という認識程度だったという。その時、武藤は待ちかねていたかのように、きっぱりとこう返した。「いや先生、プロレスラーに年齢は関係ありません!70になっても、現役の選手もおります!」

 膝の手術を終え、リング復帰した武藤が、さる11月22日、GHCヘビー級王座への挑戦をほのめかした。同日の横浜大会で、谷口周平を下し、その快調ぶりを誇示。もちろん同王座を奪取すれば、IWGP、三冠統一ヘビー級王座に続く、3大メジャー王座制覇となる。ところが、三銃士世代のプロレスファンにとっては、すこぶる“エモい”、この武藤によるタイトル挑戦ぶち上げが、思ったほど盛り上がっていない印象もなくはない。それはすべからく、当節のGHCヘビー級戦線が、極めて内容濃く、レベルの高いものになっていることもあると思う。

 その旗手がもちろん現王者である潮崎豪だ。本年1月4日に同王座に挑戦して奪取後、前出の横浜大会までで5度の防衛に成功(vs中嶋勝彦)。実は当欄では以前も潮崎選手を取り上げたのだが、その際はノアに再入団直後。そこから4年。潮崎はその極め台詞、「I am NOAH!」宜しく、完全にノアの顏になった感がある。それどころか、試合内容の高さから、プロレス界全体を統べる存在の1人に再び上がって来た心象も。長く新日本1強体制で来た感のあるマット界だけに、業界全体にとっては刺激的かつ喜ばしいことと思う。

 今回の本欄は潮崎豪のこの1年の闘いと、それ以前を振り返りつつ、その健闘ぶりを照射したい。

三沢への思い入れ深く。


 もともとのプロレス入りのきっかけが、あの伝説の名勝負、ノアでの三沢vs小橋(2003年3月1日・日本武道館)だった潮崎。花道から場外へのタイガースープレックスの炸裂等、筆舌に尽くしがたい死闘だった同試合。そのテレビ放送を見て感動していたところにテロップで、『ノア新弟子募集』と出たことが、運命を変えた。入団し、2004年7月、ノアのヘビー級生え抜き選手としてデビュー。次代のエース候補として、2009年5月には、初のGHCタッグリーグ戦で三沢と組み、優勝。その際、リング上で三沢は上機嫌に言った。「今日はね、俺、何もしてないんで。シオ(潮崎)が(相手と)2vs1くらいの勢いで(中略)。今日の呑み代は俺のオゴリでね。まあ、いつもそうですけどね(笑)」その翌月、優勝の余勢を買い、GHCタッグ選手権に挑戦(6月13日。vs齋藤彰俊&バイソン・スミス)。すると、試合開始のゴング直前、三沢は言った。「俺、もう、いいよな」。“出なくてもいいよな”という意味だったと思われる。つまり、「お前に任せるよ」と言った調子の、冗談めかした様子だったので、潮崎も表情を緩ませ答えた。「いえいえ、そんなことはないですよ」今から思えば、自らの体調不良も含め、何かの暗示だったのか。

 同試合、齋藤彰俊のバックドロップを受け、三沢は意識を失い、搬送先で永眠。遺体の帰京にあたっては、浅子覚、丸藤、鈴木鼓太郎、太田一平らが棺を担いだが、その際、自然と、「お前も行けよ」と周囲から声が上がり、しんがりで棺を持ったのが潮崎だった。

 2012年末、そんなノアから退団。そして2015年11月、同団体のリングに再登場、いわば出戻りとなった。この決断に関しては、もちろん葛藤もあったが、そんな時、自宅にあった『超人機メタルダー』のDVDが目に入ったという。同じ特撮ファンだった三沢が、潮崎の25歳の誕生日にプレゼント。形見の一つとして大切にしていたものだった。「その時、思い出したんです。三沢さん、『人生に、たら、れば、なし』って言ってたなぁって。誰に何を言われても、俺もそう生きてみようって」(潮崎)

 2016年6月13日、ノアに再入団。その日はまさに、三沢の命日でもあった。当然のことながら、ノアファンの反応は、当初、厳しかったが、熱いファイトでその評価も徐々に好転。背景には、当時の鈴木軍の介入や、その後の拳王、清宮ら新戦力の躍進もあったのではないか。彼らは2000年代のノアのファイトを知らない。言ってみれば全力かつ全身で張り合うそのスケールの大きな闘い模様を。潮崎や丸藤、杉浦貴などは、そんな中で間違いなく、残されたノアの遺伝子でもあった。

 先述のように、今年の1月4日、潮崎はGHCヘビー級王座に挑戦。すると、試合開始前から、大歓声が潮崎を後押し。会場は後楽園ホールだったのだが、試合中も大「潮崎」コールに包まれた。潮崎はこの日、コスチュームを新調。初めて、三沢カラーであるグリーンを基調としたロングタイツに身を包んだのだった。ファンもその変化に気付き、これを歓待。そして、ここから潮崎のシングル王者としての快進撃が始まったのだ。

さまざまな表情を見せた、各防衛戦。


 先ずベルトを奪取した清宮戦では、前述のように2000年代のノアの体感にない清宮に、ベイダーや森嶋が得意としたハンマーパンチ攻撃を連発。以前からもあったが、三沢を彷彿とさせるローリングエルボーや、田上を思わせるダイナミックボムも発射し、往年のファンの歓声も呼んだ。初防衛戦となる藤田和之戦は後楽園ホールでの無観客試合に。出だしから31分間の睨み合いがあったのは有名だが、この日、光ったのは藤田。状況を逆手にとり、潮崎をグラウンドで圧倒すると、「こういう練習してないのか?クソガキ」「エスケープするなよ」と挑発を続々。無観客なので、声がよく通るのである。他にもエレベーターホールまで行っての乱闘や、バルコニーから潮崎を落とそうとするなど、まさにリング内外を縦横無尽に使い、目を離させない。アルコールを口に含み、一度は刺激で吐き出すも、2度目に潮崎に噴射(殺菌の意味)。意外な藤田のプロレス頭を知らされることとなったが、そんな藤田の戦前の潮崎評は、「胸を叩く子」。そのチョップの威力は、鈴木秀樹にもクリス・ヒーローにも、「今までで一番痛かった」と言わせた代物。藤田もこれを警戒し、潮崎がチョップで出ると、なんとその腕を抱え込んで連発を許さないシーンも。だが、そんな藤田も、試合のラストでは潮崎のチョップに、エルボーで打ち合い。潮崎が最後の最後でノアのファイトに藤田を引きずり込んだ感があった。試合後、画面越しに「I am NOAH!」と叫ぶ潮崎だった。

 お次の防衛戦では、三沢が逝去した際、反対側のコーナーにいた齋藤彰俊を相手に、エメラルドフロウジョンを炸裂。彰俊も左手首に『三沢メモリアル』と書かれたリストバンドを装着。それにキスしてのバックドロップや、「バイソン!」と叫んでのアイアンクロ―スラムも。同技を得意技とした盟友バイソン・スミスも2011年、急死していた。試合後、「ノアには魂のこもった闘いがあります」とした潮崎。充実した表情がそこにはあった。

 続く防衛戦では、「I am real NOAH」と言う丸藤を相手に激闘。三沢の直系の弟子らしく、フェイクロックやタイガードライバー(未遂)を狙う難敵を沈め、その僅か5日後の4度目の防衛戦では拳王と60分時間切れ引き分け。花道から場外へのブレーンバスターを仕掛ける拳王は、かつての三沢vs小橋の花道からのタイガースープレックスを彷彿。今年のベストバウト候補とされている。

 そう、そしてここに来て、潮崎をプロレス大賞MVPに推す声も、ファンの間では少なからず出て来ているようなのである。

11年前に実現していたオカダ戦。


 実は2007年の9月ごろ、マスコミ間でこんな話を聞いた。「今年のプロレス大賞(MVP)は、ノアとしては三沢さんに獲らせたい意向らしい」もちろん実際は投票で決まるわけだが、団体自体が露出や扱い含め、その選手を盛り立てていくという意味である。実際、同年、GHCヘビー級王座を連続防衛した三沢は、MVPを獲得。実は三沢にとって、初めての同賞受賞だった。最有力の候補だった1992年にはMVPを高田延彦に獲られ、さりとて活躍は素晴らしかっただけに、『特別大賞』に輝いたのだが、その際の三沢のコメントは、「特別大賞?なんだかよくわからないけど、ありがとうございました」。現実として、例えばプロレス史に残る名士である藤波も長州も、意外にもMVPはとっておらず、なかなかに難しいもの。しかも近年はオカダ、内藤ら、新日本勢に獲られて来たMVPだけに、ここで潮崎が獲れば、冒頭の文章ではないが、業界に新たな楔(くさび)を打ち込むことになろう。潮崎の次の防衛戦相手は杉浦貴(12月6日)と、難敵ではあるが、ここを乗り切っての栄冠となるか、注目したい。

 なお、オカダ・カズチカは若手時代、新日本プロレスでノアから参戦した潮崎と一騎打ち。惜敗したが、こう語っている。「新日本でキャリア1年しかないかもしんないですけど、メキシコの時のキャリアも入れたらそんなに(潮崎と)変わんないですから。(中略)俺がIWGPのチャンピオンになった時、もう1回やればいいんじゃないかな。(IWGP)チャンピオンになった時には、潮崎と必ず防衛戦やって借り返すぞ。クソ」(2009年6月20日)。

 果たして、MVP対決となるか、淡い期待を持ちつつ、互いの今後の躍動にも期待したい。

※11月24日(火)より、新たな拙著『さよなら、プロレス (伝説の23人のレスラー、その引退の真実と最後の言葉)』(standards)が発売中です。ご興味のある方は、宜しくお願い申し上げます。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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