2020/11/16 12:17

セミリタイアのきっかけはG1優勝戦!? ヒロ斎藤に強烈なダメ出し!ノアで松井珠理奈と対峙!蝶野正洋の近年を探る!

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11月22日、杉浦軍の最高顧問としてノア登場!(蝶野・横浜武道館)


 六本木とか銀座というと、筆者のような地方出身者には、今でも敷居が高い街のイメージなのだが、昭和の時代は、新日本プロレスも全日本プロレスも六本木にオフィスを構えていた(しかも実は距離的にも近かった)。なので、恥ずかしながら、少々はその分の憧れもあったのだが、近ごろ、そんな気持ちを追体験する機会があった。銀座の一等地に、オフィスを構えるレスラーが現れたのだ。蝶野正洋、その人である。下北沢、表参道と移転して来た自らのアパレルブランド『アリストトリスト』の店舗兼事務所を同地に数年前、移転。表参道時代より、オフィス面積も若干広めで、ある種、順調な経営ぶりを覗かせてみせてくれていた。

 その蝶野の周囲が、騒がしくなって来た。11月8日、ノアからVTRでの告知がなされ、蝶野が、杉浦軍の最高顧問となることが明らかに。11月22日のビッグマッチ、横浜武道館大会への来場が決定したのだ。

 これに対して当日、杉浦貴&桜庭和志組の保持するGHCタッグ選手権に挑戦する丸藤正道(パートナーは船木誠勝)は、自身のユニット、M's allianceとして、タレント・松井珠理奈さんの来場を予告!既にビッグマッチ揃いで注目されていた同横浜大会だが、更なる盛り上がりに拍車をかけている。今やプロレス好き女性タレントの第一人者となった松井さんの人気はもちろんのこと、蝶野にとっては、久々のリング関連の話題となっていることも、このニュースの見逃せない部分だろう。

 そこで今回の当欄は、リング内のみならずの、近年の蝶野の活躍ぶりをご紹介。合わせて松井さんのプロレスファンとしての来歴にもフォーカス。2人の助っ人対決への期待としたい。

最後の試合は、『道頓堀プロレス』


 のっけから言うが、2014年4月13日以来、選手としてはリングに上がっていない蝶野(当日のカードは、蝶野&正岡大介&HAYATAvsグラン浜田&スペル・デルフィン&HUB。主催は道頓堀プロレス)。発端は意外にも、『G1 CLIMAX』の優勝戦。2005年、藤田和之を下し、自身5度目の優勝を果たした蝶野だが、この試合の際、その打撃で右目が斜視に。3本のロープが6本に見えるなど、後遺症に悩まされ、フェードアウトも止むなしという自己判断に至ったという。とはいえ、2005年以降もリングには上がり続けていたわけで、特にここ5年、蝶野さんのインタビューは相当数して来た筆者も、タイミングによっては、「ところで、復帰するお考えは?」などとうかがうのだが、返事は一定。「いやあ、俺はもう無理です。もういいっすよ(苦笑)」。蝶野ほどの存在だから、これを惜しく言う面々は数限りなく。「最後はきちんとした方がいいよ」と、トークショーで長州が蝶野に水を向ければ(2020年5月10日)、蝶野を兄貴分と慕う天山も、「そろそろ復帰しないんですか?」(2019年2月15日)。この天山に対する蝶野の返答は以下だった。「俺はダメだ。椅子を持った時、よろめいていた」。そう、本人の意向は別として、蝶野は今でもリングでのバトルに参加することがしばしば。代表的なその舞台が、武藤敬司が主宰する大会『プロレスリング・マスターズ』。蝶野は主に、かつて率いたユニット『TEAM2000』の総監督として登場。血がうずくのか、乱入して長州にケンカキックを見舞ったり(2018年2月)、リング下から越中の足を引っ張り、逆にヒップアタックを食らうなど(2019年8月)、良くも悪くも存在感抜群。そして言うには、「すべての先輩たちは多分、去年このリングに上がったことを忘れている!」(2018年2月)、「(自軍の敗退に)「みんな体調が悪い。天山は肩が悪い。スコット(・ノートン)はヒザ、肩が悪い。ヒロさんは……代謝が悪い。以上」(2019年8月)。

 いずれも若くはないレジェンド達中心の大会をユーモアで皮肉ったものだが、そう、選手としての活動がないのは事実だが、そのアジテーションは健在。知名度もあるがゆえ、各種イベントに引っ張りだこというのが、蝶野の現状なのである。

山崎方正は、落語で反撃!?


 占い師の労働組合発足会見にゲストで呼ばれれば、「猪木さんとか橋本とか。占いごとが好きなヤツは、普段やましいことをしているヤツが多いですね」といきなりブラックジョーク(2019年5月)。昨年の、吉本興業の闇営業に端を発する、タレントの退社や反乱を含むお家騒動には、「この手の騒動は、昔の新日本プロレスでは3年に1回ぐらいあって、要するに、何とかなるだろうなと。プロレスの歴史を見てもらえれば、いい参考になると思いますよ」と、妙なリアリティでコメント(2019年7月・Tシャツ発表会)。舞台は会見だけにとどまらず、テレビでは、既に一般にも認知されている、プロレスラーの滑舌の悪さについてバッサリ。「新日本プロレスで大きな発表があるときに、まず会長の坂口征二さんが挨拶して、次に社長の藤波辰爾さんが挨拶して、その次に現場監督の長州さんが説明するんだけど、その全てが聞き取れない。だから上の人、みんな仲悪かったんじゃないかなあ?何言ってるか分からないから(苦笑)」(『痛快!明石家電視台』2015年11月16日放送分)。

 大晦日の『笑ってはいけない』シリーズ(日本テレビ)で、月亭方正にビンタをする姿はもはや風物詩。それもあり、最近は蝶野にビンタをせがむ人たちも多いそうだが、その度に蝶野はこう言うそう。「猪木さんのは闘魂注入ですが、私のは悪を裁くものですので」。因みに蝶野、「10年間でしたビンタは10発」だとか。つまり、方正さんにしかしていないわけだ。蝶野本人の現在の活動については、ご存知の読者もいるだろうが、AED救急救命の啓発活動を中心とする一般社団法人ニューワールドアワーズスポーツ(NWH)救命協会の代表理事としての顏が大きい。しかし、そんな中でも、AEDの試演の際、要救助者に見立てた人形に、「大丈夫か!方正!」と呼びかけるなど、蝶野自身もこの関係は楽しんでいる模様。ただ、方正さんが自作の落語『えんま大王』で、蝶野さんを地獄に落としていることを知ったら、この関係もどうなるかわからないが。

 一方で、モーターショーにゲスト出演することになると、「最初の車は姉から譲られたスカイライン」までは立て板に水だったが、バイクに話が及ぶと、「ここでは言えません」とキッパリ。もちろんそれすら過去のヤンチャ時代を思わせる一種のユーモア。状況判断の上手さと適度なリップサービスとその存在感からか、2017年1月からは、生放送のテレビ番組のMCを担当(東京MXテレビ『バラいろダンディ』・月曜日から木曜日)。ところが、この放送の第1回に、何と蝶野は遅刻。結局、午後9時の開始から1時間、現れず、MC不在という、伝説の初回放送となった。実はこの放送日が1月4日。そう、新日本プロレスの東京ドーム大会の日で、蝶野はこちらでゲスト解説を担当していたのだ。当日は、結局、電話出演のみに終わり、しかも謝罪に終始したが、曰く、「いやあ、試合が長引いちゃって……」。確かに当日のメイン、オカダvsケニー・オメガは、45分間を超える死闘。しかも内容は白熱の好勝負。この時、席を立てなかった蝶野に、今ではきっと同情するだろう女性がリングサイドに1人いた。そう、この時、松井珠理奈さんが、初めてのプロレス生観戦を果たしていたのだ。

松井珠理奈の真・プロレスLOVE


 他のアイドルメンバーと同席の観戦となった2017年1月4日の東京ドーム大会。同月に始まるプロレス・ドラマ『豆腐プロレス』出演にかこつけての観覧だったが、まさにメインのオカダvsケニーを観た松井さんは感動で号泣。一気にプロレスの虜となったのだった。

 1位獲得を果たした第10回AKB48選抜総選挙では、プロレスでの師と仰ぐ、棚橋弘至モデルのクマのぬいぐるみを持ち込み、必勝祈願(2018年6月16日)。翌日、喜びとともに会見場に現れた姿は、何とケニー・オメガを模した出で立ち。実はこの前週、オメガがIWGPヘビー級王座を奪取しており、自身もいわば王者として、それを意識したものだった。

 マイクでのコメントの最後に、「愛してま~す!」を付けるのは序の口。『豆腐プロレス』は、実際のリング上でもドラマを具現化した大会が2回行われたのだが、その初回の発表会見で、何を言うかと思えば、「時は来た!」。2回目の大会では試合に敗れたものの、マイクで、「負けから始まる人生もある」。プロレスの魅力に心酔し、さらに体現したものならではの愛も感じる名台詞。2017年のプロレス大賞『特別賞』受賞も、2018年1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会・スペシャルアンバサダー就任も、むべなるかなと言ったところだろう。

 この松井さんと、nWo期からはヒール畑の蝶野との対峙は、まさに正邪の対決の趣。認知度の高い2人だけに、話題をさらうことうけあい。これを含めての、ノアの大躍進にも、ぜひ期待したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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