2020/10/11 11:13

女子格闘技に感動!アジャ・コングとタッグ!幻に終わった『SHINJOマニア』!なるかRIZINデビュー!新庄剛志と格闘技&プロレス

閲覧数:326

まだ評価がありません

RIZINが大晦日決戦にオファー!


 イベントや記者会見の類を取材すると、(なぜ、この人が、こんなところに?)と思うことがある。例えば(これは筆者が取材したわけではないが、)米・クリントン大統領の就任パーティーには、藤原喜明が出席。こちらは藤原の後援者が同大統領とのコネクションを持っており、プロレスはほぼ関係なかったようだが、同じく(?)、ジャイアント馬場の逝去1ヶ月後に日本武道館で行われた『お別れの会』では、笑福亭鶴瓶氏が弔辞に相当する挨拶をした。2人の関係に、「?」と思った筆者だが、事実、その通りで、特に個人的な関係はなく、生前の馬場が鶴瓶をいたく気に入っていたとのことでの、元子夫人のご指名だった。鶴瓶自身も驚いたし、この時、一般客と一緒に行列を作っていたプロレス好きな弟子も、いざ、入場すると師匠が喋っていたため、仰天したそう。げに、わからぬ縁というものはあるものである。2000年3月21日、都内でおこなわれた会見も、その類だった。

 題目は、女子格闘技『ReMix』の開催会見。9ヶ月後の12月5日に日本武道館で、こちらを冠した大会がおこなわれることが発表されたのだが、そこに、余りにも意外な人物が現れたのである。

(えっ!? 新庄!!)

 プロ野球選手、新庄剛志がその場にいたのである。当時、阪神タイガースの主力も主力。ユニークな言動や、この前年には投手とのニ刀流宣言や、伝説の敬遠球打ちのサヨナラヒットで、まさに野球人としてはトップクラスの注目を誇っていた。理由は後述するが、会見が始まる時点では、なぜ、新庄が女子格闘技発進の場にいるのかが、よくわからなかった。

 10月5日、驚きの報道がなされた。『新庄剛志、RIZINデビューか?』9月27日のRIZINの大会を生観戦していた新庄に、RIZIN・榊原信行CEOが、格闘技デビューを含め、前向きな対応を試みると明言。大晦日のRIZINの大会への出場のオファーにまで付言したのだ(*翌日、新庄も好意的な反応)。

 1%の可能性でもあれば面白く、また、世間も巻き込むと言っていいだろう、この企画。今回の当欄は知られざる、まさにその新庄と格闘技、及びプロレスの意外な関わりを開示、並びに、大晦日デビューの可能性まで考察したい。

女子格闘技会見、出席の理由は……。


 2006年10月27日、『スポーツニッポン』紙において、以下の大意のアンケートがなされた。“引退した新庄に、次、何を望む?”この前日に新庄は、所属の北海道日本ハムが日本シリーズを制したのをラスト試合に、プロ野球を引退。新庄自体は既に同年4月に既に年々の引退を宣言。結果、有終の美となったわけだが、そんな次の人生を、願望も含め、予想しようという企画だった。結果、500人を超える投票が集まったが、1位となる約4割が『俳優、タレント』を希望。2位が『プロ野球の監督、コーチ』だった。因みに、あくまで『その他』の少数意見として『プロレスラー』があった。つまり、新庄とリングというのは、一般的見方では、あくまで乖離した関係だったのである。ところが、既に水面下で動いている団体があった。自民党だ。翌年、夏の参院選に向けてのオファーだったが、これについては、まさにこの第二の人生アンケートと同日、当時、政界にいた大仁田厚が、別紙でこう語っている。『自民党もアホだな。新庄さんが来るわけがない』(同日付『サンケイスポーツ』)。あにはからんや、大仁田の言う通りとなったわけだが、そんな大仁田でも、新庄と格闘技の関係は、わからなかったに違いない。

 冒頭の女子格闘技『ReMix』の会見に、なぜか出現。しかも登壇までした新庄は、マイクを持つと、高らかに言った。「(大会のある)12月はシーズンオフですし、ぜひ、解説に就きたいですね!」

 そう、実は新庄、無類の格闘技好きだったのだ。

“女子”との約束、守った新庄。


 当時の格闘技ブームもあるが、主要な大会は常に録画して鑑賞。選手の同行もチェックは欠かさず。業界にも知己は多く、この日は主催の『ネオ・レディース』所属の井上京子と絡み、マスコミ用の画作りに、スリーパーホールドを見舞われる場面も。大会に向けて言うには、「女子選手たちの真剣な闘いぶり、早く観たいですね!」

 そして大会当日、約束通りと言えばそれまでだが、新庄は本当にテレビ解説に登場。隣で同じく解説を務めたのがアジャ・コングという異色タッグだったが、激闘に興奮を隠せぬ様子で、終了後は「感動しました!」を連発。また、薮下めぐみが192cm、150kgのグンダレンコ・スベトラーナに判定勝ちすると、「ウチのチーム(阪神)が巨人に勝つようなもんですよね」と、自虐とウィットを含めた迷解説を披露していた。実はこの時期の新庄、阪神からのFA宣言をしており、その動向は注目の的。よってこの大会後にも意中の球団について報道陣から質問が飛んだが、サービス精神旺盛な新庄ながら、この日は、「今日はそういう日じゃないでしょ!」とピシャリ。リング上の選手をおもんばかる配慮を見せた。

 人気者ゆえ、大物との共演も。2003年11月19日には、映画『バッドボーイズ2バッド』の試写会(日本武道館)に登場。こちらにはボブ・サップも登場し、ちょっとした寸劇も。芸達者なサップも、「アクションの世界にいる者同士、息の合った共演が出来て嬉しい」とご満悦。因みに新庄が、現時点で最後の球団となる北海道日本ハム入りを表明したのが、この試写会の場。交渉自体がこの次の日だったので、フライングもフライングだが、翌日の新聞はこの試写会の模様とともに、『新庄、日本ハム入り決定』と報道。先述の、実際の試合がある時の寡言ぶりと、そもそもが告知を主眼とした試写会での自分を、しっかり分けており、流石と思わせた。因みに、新庄はこの時、メジャー帰り。当然、日本の複数球団からオファーがあったわけだが、「メジャーから自分は(主力から外されて)帰って来るわけだから、そんな自分に最初に声をかけてくれた球団に行くのが、人間としての筋」と真意を説明。意外にもそういった昔気質な男気もある選手なのだった。

 ところで、北海道日本ハムは、新庄を迎えるにあたり、大フィーバー。翌年のキャンプにあたり、「護衛のSPとして、知己のボブ・サップに来て貰う」という案があったことも、報道機関を通じ、広報が明かしている(2003年12月5日)。

 そして2006年10月の引退時には、自明ながら、リングへのオファーも。RIZINの前身であるPRIDEの傍流と言っていい、『ハッスル』だった。

ハッスルも熱烈オファー!


 もともとハッスルの顔である小川直也が、2004年11月19日に、新庄がホストを務めるラジオ特番で共演。公開生放送で、もちろん「ハッスル」ポーズの共演も果たしていた。

 2006年4月の、新庄の年内プロ野球引退を受け、早くもハッスルが動く。GMを務めていたRGが、エースとして新庄を迎え入れることを宣言。「勝ったら毎試合ビールかけ」(RG)、「どっちのバットかわからないけど、本物のバットなら凶器攻撃ですからね」(HG)等々……。この時点ではどう考えても冗談だと思っていたのだが、同年11月23日の大イベント『ハッスルマニア』(横浜アリーナ)を迎える約3週間前の10月30日、ハッスルは大々的に新庄にオファー。「新庄選手に参戦していただけるなら『ハッスルマニア』を『SHINJOマニア』に変えてもいい」(ハッスル側)この時点では、「開会宣言だけでも」という案と、出来れば、試合を含めての案が挙がっていた。具体的には、そのキャラクター上、ベビーフェイス側の『ハッスル軍』参加を予定しており、先走ったÐ紙の報道では、小川と組み、(高田モンスター軍の)川田利明が(相手の)候補という声も。確かに、開会宣言くらいならと、取材している方にも思わせた。

 ただ、そもそも大会5日前に、日本ハム選手としての最後の公の場の仕事である、日本一パレードを控えており、前述の新庄の性格からすると、その僅か5日後に別種のジャンルで自分が注目を浴びるのはどうかという気持ちはあったかも知れない。

“新庄操縦法”を、アノ人が明かす。


 プロ野球からプロレスへの転職は、もちろんジャイアント馬場や、ゼロワンの高野忍等が知られるところ。そして、総合格闘技のそれとしては、2010年、まさに大晦日『Dynamite!!』でデビューしたスラッガー、古木克明(横浜→オリックス)が有名。アンディ・オロゴン相手に惜敗も、好ファイトを繰り広げ、翌年4月の2戦目は海老名義隆相手にDEEPで勝利。このままキャリアを重ねて行くかと思われたのだが、引退。当時の心境に、こうある。「『痛い』ということに心が折れたんです。試合前は本当に怖かった。逃げたい思いから、宇宙人が襲ってこないかなとか、会場のさいたまスーパーアリーナが消滅しないかなとか。非現実的なことばかり考えていました」(『日刊スポーツ』2018年2月16日付)

 デビューまで、約1年の練習期間があった古木ですら、これが現実である。新庄とRIZINの間にホットラインはあるため、ゲスト解説程度なら考えられるが、もしくはリングに上がるにしても、エキシビジョンの類ということになろう。新庄自身は報道で有名選手たちの名を挙げているが、なかなかのリスク。逆に、見合った相手の選出次第では、目玉となる可能性も残されてはいよう。

 ところで昨年夏、3回に渡り、野村克也さんのインタビューをさせて頂いたことは氏の永眠直後の本欄でも触れたが、その中で氏が、かつての教え子(?)である新庄に、こう言っていた。「『9つのポジションのうち、お前、どこやりたいんや?』と聞いた。そしたら、『監督、そりゃあピッチャーですよ』と。じゃあ、『やってみろ』と。で、試した挙句、向こうから言って来た。『監督、ピッチャー、やっぱり無理でした』と(苦笑)。新庄はねえ、おだてるとすぐノルの。そういう性格を見極めて、先ず彼の自由にさせて行くことが大事。おだてたら木にも登ってくれるタイプだから(笑)」

 なるほど。こちらの性向には、読者も頷ける部分があるはずだ。希代のエンターテイナーでもある新庄の気持ちを、RIZIN側が上手くノセられるか、注目したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

    まだコメントはありません。

おすすめ記事

新しいコメントを投稿する

 [PCから画像ファイルをアップロード]

関連付けられたタグ

なし
[タグを付ける]

<< 一覧に戻る