2020/10/5 8:29

大阪城ホールの天井から落下?! 新社長は身長185cmのイケメン!さらばメイ社長!新日本プロレス、大張克己新社長体制へ!

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大阪城ホールの天井から落下?! 新社長は身長185cmのイケメン!さらばメイ社長!新日本プロレス、大張克己新社長体制へ!
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メイ社長退任。大張高己氏が新社長へ。


 2017年12月、スカイプにより、サイモン猪木・元新日本プロレス社長のインタビューを採ったことがあった。2006年9月より、“チョイ悪社長”として、蝶野正洋との抗争もあったサイモン氏。蝶野と天山のタッグ王座の剥奪を宣言したり、それにより蝶野にリング上で襲われたりと、さんざんな目に遭っていたが、そもそもサイモン氏はレスラーではなく、ファンのニーズがあったかは微妙なところ。この時のことに水を向けると、同氏は語った。

「あれは当時、ノアさんとかに専門誌の表紙を取られることが多くなって来たので、なんとか話題が欲しく、蝶野さんが考えたものでしてね。僕としても、これで新日本が少しでも話題になるならと思ったんですが、本音はもちろん、やりたくなかったですよ(苦笑)」

 ところが、2018年8月にも、新日本プロレスの社長が試合に立ち入ったことがあった。乱入を繰り返すバレットクラブOGの面々に激怒し、花道で彼らをバックステージに追いやったこともあれば、同じく試合前、バレットクラブOGの挑発に乗り、リングサイドで審議。社長による強行採決で、ただの6人タッグマッチがNEVER6人タッグ選手権になり、しかもバレットクラブOGにベルトを奪われたことがあった。だが、前出の、リング上を中心に強権発動や乱闘まで至る介入劇より、どこか品位ある展開と思わせたものである。何より、リング上自体を汚さないスタンスに好感を持てた。ファンの反応も、むしろ好意的であったように思う。

 そのハロルド・ジョージ・メイ社長の退任が、9月29日、突然発表された。あわせて、新代表取締役として、大張高己氏の内定も告知。今回の当欄は、約2年半に渡るメイ社長の功業を振り返るとともに、大張新社長にもスポットを当ててみたい。

大成功だった、メイ社長の第一歩


 メイ社長に関しては2018年5月の当欄でも詳述。新日本の社長になる前の余りにも輝かしい経歴についてはそちらをご高覧頂きたいが、こちらは、正式に新日本の社長になる前に書かれたもの。改めて振り返らせて頂ければ、先ずその(新日本プロレスへの)初登場が衝撃的だった。2018年6月9日、大阪城ホールの第1試合開始前、いわゆる“煽りV”が放映。なんとメイ氏自身のシャワーシーンから開始。東京にいる木谷高明オーナーから連絡を受け、ニューヨークからサングラス姿でカッコ良く来日したかと思うと、次の瞬間には、タコ焼きをほおぼる姿が(熱かったのか、多少のしかめっ面も)。会場の土地柄を意識しつつ、シリアスさとユーモアの緩急あるVが終わると、通路に本人の姿が。そこから一気にリング内へダッシュ!デビュー戦で東京ドームの花道を全力疾走した鈴木健三(KENSO)を彷彿(2000年1月4日)。この入場は、当時マスコミでも絶賛されたが、確かに、長い花道では、歩くと途中でやることがなくなり、間延びするものなのだ。メイ社長がそれを知っていたか分からないが、振り返っての「僕は業界のヤングライオンだと思ってましたから」という言葉が爽やか。ロープの間を潜り抜け、挨拶のためにマイクを持ったのだが、息が切れ気味で、そこに少し間があったのも良かった。少々のカッコ悪さを見せ、厳しい大阪のファンのハートをゲット。直後のマイクはさらに凄まじく、日本語での挨拶はもちろん、盛り上がりを肌で感じ取ったのか、「アリーナ!」「2階席ー!」と、ライブバンドのようなアジテーション。もちろん観客も大歓声で応えていた。

 実はこの時、大阪城ホールの天井からの入場も考えていたというメイ氏。自らの発案で、理由は「(高いところからブラ下がって降りる)消防隊の経験があるので」。トライするにはどこか経験が薄い気もするが、本人が語るに、「自分は新日本のユニットで言えば、タグチジャパン」。そう、ユーモアを基底に盛り上げて行こうとするタイプであり、前後するが、ヤクルト・スワローズのキャラクター、つば九郎を2019年『1・4』ドームの、特別宣伝部長に任命したことも。同時に、この時、強く心に残ったのが、次の言葉。「第一印象は一番大事。なぜなら、1回しかチャンスがないから」あまたの大企業でトップに上り詰めて来た哲学の1つを垣間見た所存だった。

 そして、この就任挨拶で、最も大きな拍手をファンから浴びていたのが、以下の宣言の時だった。「大好きなプロレス、大好きな新日本プロレスのために、すべてを捧げて頑張ります!」……。

きっかけは、妻の一言。


 1963年、オランダ生まれ。父の仕事で、8歳の時、来日。明るい性格からは及びもつかないが、当時は大変な孤独感を味わったという。日本の小学校では日本語が喋れず、インターナショナルスクールでは、英語が喋れない。ふさぎこむようになってしまう。そんなメイに、元気を与えたのが、父とテレビで見ていたプロレスだった。プロレスなら言葉はなくとも、見ただけで理解出来たのだ。「ブッチャーやデストロイヤーを覚えています」と言うが、確かに来日時の1971年は2人が大暴れしていた時期だった。因みに、徐々に日本語に慣れて来ると、次にはまったのは仮面ライダー。辞書を引き、日本語の意味を調べ、研鑽して行った。「『迫る』の意味はわかったが、次の言葉の意味がわからなかったのも良い思い出。『ショッカー』なんて、どの辞書にも載ってませんからね(笑)」(メイ)。仮面ライダー好きの棚橋がいる時期に社長を務めたのも何かの縁か。

 一時期、日本を離れたが、プロレス熱が再燃したのは、再び来日し、外資系企業で腕を振るっていた約10年前。きっかけを与えたのは、日本人の妻だった。「今のプロレス、面白いから見て」そこには躍動する棚橋、中邑の姿が。すっかりハマり、ひいては、木谷オーナーからのご指名となったのだった。

 様々な施策を進めた中で、2つの大きな柱が、海外のファンへの打ち出しの推進と、選手のSNS使用や各種イベントの開催による、親近感の助長。特に前者に関しては、選手個人のドラマをドキュメンタリー・タッチで紡ぐ動画を増やすなど、熱心だった。曰く、「プロレスにおいては、試合自体は、2時間ドラマのラストの10分。それまでの1時間50分を理解出来たら、プロレスというものは、本当に面白いんですよね」。至言であり、メイ氏のプロレスへの造詣の深さを物語って、あまりあるだろう。

 その貢献と実績は、2年半の短い間ながら、賞賛してもし切れない。2020年には1月4日、5日と、2日連続の東京ドーム興行を実現。なかでも1月4日の観客動員は、8年ぶりに4万人を突破。「復活した証。これから新たな歴史の一部になっていく」と嬉しそうだったメイ氏の表情が忘れられない。

 残念だったのが、やむを得ないが、やはりコロナ禍による興行の停滞。しかし、これにしても、有興行再開以降、まるで観戦における問題点は聞かれず。8月13日の愛媛大会では、出場選手の一部に発熱が認められたため、第1試合開始直前に、興行中止を決定。こちらも一切、観客からの不満の声がなかった。約2年半の歴史により、“メイ・新日本”と、観客との間に強固な信頼関係が出来ていたことの証左と見るが、いかがだろうか。この2年、会場でファンサービスにも熱心だったメイ社長の姿を思い出せるファンは、何人もいることだろう。

新社長は身長185㎝のイケメン!


 さて、新社長となる大張高己氏だが、東京学芸大学卒で、身長185cmのイケメン(46歳)。バレーボールを嗜み、国体で準優勝経験も。社会人チーム『NTT神奈川』では中心選手だった。その後、NTT東日本福島支店・郡山営業支店長などを歴任し、2018年12月にブシロードに入社。2019年1月には新日本プロレスに出向となり、現在は経営企画部長。2019年11月に設立された新日本プロレスの米国法人『NEW JAPAN Pro-Wrestling of America Inc.』の社長にも任命された。

 よって、海外に向けての戦略の強化がなされるのは想像に難くないが、高張氏本人も、アメリカの各種会場で、アンケートや聞き取り調査を実施するなど、ファンの意見採取に余念がなかった(昨年)。NTTで福島赴任時代も、各種の会合にその名前を見せており(それだけ必要とされる大きな立場だからではあるが)、一種の現場主義も彷彿とさせる。言うまでもなく、プロレスにおいてファンの生の声は大事であり、それは現在の新日本においては、国の東西を問わない。より細かなニーズまでフォローしつつ、着々と成功を収めて行く予感がしよう。

 メイ社長へ、「お疲れ様」という労いの言葉を送るとともに、高張氏の新体制での、真のグルーバル化の実現に、大いに期待して行きたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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