2020/6/15 10:54

全カード当日発表なのに両国国技館が満員!? 当日発表だった棚橋のシングル初メイン!新日本、カード当日発表で再開記念!プロレス界・カード当日発表特集!

閲覧数:714

5.0

6月15日、カード当日発表で新日本プロレス再開!


 90年代後半、ある選手が、新たな格闘技を提示する、そのスペシャル興行を取材したことがある。メインのカードは決まっていたが、売りはその新規の格闘スタイルでのオープン・トーナメント。ところが当日、期待して会場に駆けつけるとびっくり。なんと、16人制トーナメント参加選手のうち半分以上が『X』、つまり未定となっていたのだ。結局、一応、選手は揃ったが、「発想やルールが新しすぎて、参加者を見つけるのが大変だった。始まる直前まで交渉してた」とは、当時の関係者の弁である……。

 遂にプロレス界に大きな朗報が入った。コロナ禍で、2月26日を最後に中止されていた新日本プロレスの試合が再開されることが発表されたのだ(6月9日)。読者の皆様もご存知の通り、6月16日から『NEW JAPAN CUP』が配信限定のみで開始。また、7月11日、12日の大阪城ホール大会からは、遂に観客を入れての興行も実現する(※既報通り、席数は3分の1程度に減らす方針。なお、全席指定で1万500円)。

 だが、リスタート1発目の試合はこれらではない。先ず、6月15日(月)19時より、配信のみでの大会が予定。しかし、そのカードは、全て当日(の試合開始直前)発表となっているのだ。新日本ファンならずとも、注目せざるをえない感があろう。よもや冒頭のようなことはないだろうし、むしろ、3ヵ月余もの間、戦うのを禁じられていた新日本選手たちだけに、そのリングでの躍動に期待がかかる。観客(視聴者)の待望感もあいまり、忘れえぬ日となる予感すら否定出来かろう。

 今回の当欄は、プロレス界における、カード未発表大会に着目。その効力はもちろん、内実や逸話についても綴ってみたい。

準備不足?選手不足?の、悲喜こもごも


 先ず、大会場かつ、旗揚げ戦だったにも関わらず、その全カードが当日発表だった例を。記憶に新しい読者も多かろうが、2007年6月29日、両国国技館におけるIGFの旗揚げ戦である。参加予定だったブロック・レスナーが6月2日に、「IGF?何も聞いてない」と発言した前後から雲行きが怪しくなり、同団体の公式HPには旗揚げ戦のカードとして、『COMING SOON!vs COMING SOON!』という表記が羅列。当日が近づくに連れてもこれが変わらなかったため、ネットでは、「『COMING SOON!』という選手がいるのでは?」という、いかにも“らしい”突っ込みで盛り上がっていたが、当事者にしてはたまったものではなかったようで、参加予定の小川直也は、「IGFの“I”はいいかげんのI」と呆れ顔。結局、旗揚げの3日前に猪木が「カードは全て当日発表」を明言。自身の口癖である「一寸先はハプニング」を地で行く展開となった。

 ところが、フタを開けてみればメインはブロック・レスナーvsカート・アングルという極上の顔合わせが実現。しかも名勝負となり、この年のプロレス大賞ベストバウトでは2位につける得票を集めていた(1位は小橋&高山vs三沢&秋山の、小橋の癌からの復帰戦)。会場も、2階席の向正面こそ潰していたが、それ以外は満杯の8426人(超満員)の観衆が集結。大成功を収めた。なお、当日、会場に出向いた筆者が何より驚いたのは、販売されていた旗揚げグッズの種類の多さ。カードは決まらないながらも、こういったところはしっかりしていることに、有能なスポンサーの存在をそこはかとなく感じた次第である。因みに、カードについては、一応、試合開始2時間前の午後4時半に猪木自身の口から発表となっていた。試合進行と同時での発表ではないことに、演出でも何でもないリアルさが感じられた。

 同じく旗揚げ戦のカードが当日発表となっていたのが。1998年1月9日、後楽園ホールで発進した『ネオ・レディース』。ただ、これが発表されたのが、前年の12月1日であり、(まだまだ時間もあるのに、何でだろう?)と当時は思ったものである。いざ当日を迎えると何となく合点。所属選手9人のみで興行を開催したため、うち1名を除いた全員がそれぞれ2試合、エースの井上京子に至っては3試合に出場していたのだ。倣うべき慣例でもないが、選手たちのプロレスに対する愛と熱意は存分に伝わって来た印象だった。なお、観衆は2200人の札止めだった。

 2006年4月19日の『BIG MOUTH LOUD』後楽園ホール大会では、一部を除き、カードが当日発表。先んじて、同団体の要人であった前田日明、船木誠勝が団体を離れており、「彼ら抜きで、どれだけ集まるか、試してみたい」(上井文彦代表)とのことだったが、苦肉の策には変わりがなかった。結果、実現したメインは、柴田勝頼vs中嶋勝彦という好カード。観客動員は1512人と、無印ながら合格点。ただ、中嶋は逸材としての注目はあったにせよ、まだまだ新星扱いだったため、メインが事前発表されていた場合、吉も凶も含め、この動員がどうだったかは判別し兼ねる。とはいえ、この2人だけに、白熱の内容でメインは終了。柴田が選んだフィニッシュは三角腕固め。師匠の船木誠勝が1997年12月20日に近藤有己を破りパンクラスの王座に返り咲いた際の決め技だった。これを約9年ぶりに公開したことで、離れて行った師匠への思いも感じ入らせた柴田だった。

当日発表の宝庫?ファン感謝デー。


 全カード当日発表という処置は、地方の興行においてはもともとそういう部分もあるだけに、決して珍しくはない。ただ、都内の特別興行においてもこのフォーマットが多々用いられる場合がある。それが団体が主催する“ファン感謝デー”の類である。

 例えば新日本プロレスにおいて若手のチャレンジ大会的な意味合いを持つ『夢☆勝ちます』興行においては、2001年12月23日のそれにおいて、抽選による9大シングルマッチを挙行。ベテラン・中堅組と若手が9人ずつ、A、Bの2ブロックに分かれ事前発表。試合当日のリング上でBブロックの若手選手が抽選し、引いた数字が若い順から、Aブロックにいる戦いたい選手を指名するという手法を取った。なお、当時、2年目だった棚橋が指名したのが中西。惜敗したが、これが棚橋のシングルでの初メインであった。

 1999年の1月、ジャイアント馬場逝去後、三沢光晴が社長に就任した全日本プロレスも、この全カード当日発表に挑戦。同年9月18日のファン感謝デー(後楽園ホール)にて、全カード、ファンによる抽選という企画を打った。第1、第2試合がそれぞれ15分1本勝負、20分1本勝負でシングルマッチとなり、以降、タッグマッチが3試合、メインは6人タッグマッチだったが、選手名のところにはアルファベットがAからVまで記載。先ず、そのアルファベットが1文字ずつそれぞれ書かれたボールを選手が客席に投げ、受け取ったファンがリングに登場。箱から選手名の書かれた紙を引き、カードに当てはめて行く……。『ファンによる抽選』というと、どうせヤラセや仕込みなのではないか?という疑念がついて回る中、この、ボールを受け取ったファンによる抽選というのはその余地がなく、非常にリアルであった。また、抽選でもし、三沢vs小橋という黄金カードが実現しても、15分や20分1本勝負であり、その辺りにも当時、クレバーさを感じたものである。このコンセプトは、順次、細部が変化しつつ、三沢の後の団体、NOAHのファン感謝デーやクリスマス興行に引き継がれ、実際、そこで三沢vs小橋も実現している(2004年12月24日・10分1本勝負)。そういえば、三沢と小橋の一騎打ちは、この10分1本勝負が最後であった……。

 そして、遡るが2000年8月5日、NOAHの旗揚げ戦では、メインのカードを当日発表するという試みも。具体的にはメインのタッグマッチ出場者を、三沢、小橋、田上、秋山の4人とし、組み合わせを当日発表。さらに、勝者チームは翌日の旗揚げ第2戦で一騎打ちをおこなうとも告知。結果、三沢&田上vs小橋&秋山のメインとなり、翌日は勝利した小橋と秋山が一騎打ち。ファンにとっては予想する楽しみがあり、また、良くも悪くもジャイアント馬場の元では実現しにくい運動性のある企画。まさしく新たな船出を予感させたのだった。

 また、付言ながら、NOAHの旗揚げにおいては、入りきれなかったファンのために、会場であるデイファ有明の駐車場スペースでビジョン投影をおこなった際のいきさつが心に残る。実はこの駐車場での観覧、最初は500円を取っての有料だったのだが、「そんなことしたら、ファンサービスの意味がないじゃん」の一声で無料に。社長・三沢光晴の判断だった。無骨ながら、常にファンに寄り添っていた三沢のイズムを、NOAHには今後とも受け継いで行って欲しい。

カード未発表にみる、橋本らしさ、武藤らしさ。


 他、2003年12月14日のZERO-ONEの両国国技館大会では、メインを、ZERO-ONE軍vsWJ軍と発表。長州力率いるWJ軍はこの時期、既に活動停止説が出ており、それと橋本真也のZERO-ONEが、どう戦うのか注目された。結果、WJ軍の4人(長州、石井智宏、宇和野貴史、矢口壱狼)と、ZERO-ONE勢10数名がリングに上がり、1人ずつ、勝ち抜き戦の様態で戦った。多勢に無勢であり、最後は尻つぼみで終わった感もあったが、あたかも戦国時代の討ち入りを思わせ、橋本真也らしい取り口ではあったと思う。団体の勢力の違いを見せるという意図もあったのかも知れない。また、橋本の盟友、武藤敬司も、自団体、WRESTLE-1の旗揚げで発表されたカードのほとんどの選手表記を『X』に(2013年9月8日・TDCホール)。結果、船木誠勝&河野真幸vs桜庭和志&柴田勝頼や、メインでは武藤とボブ・サップのタッグも実現(vsレネ・デュプリ&ゾディアック)。詰めかけた2500人(札止め)のファンを大いに喜ばせた。武藤とサップは過去、K-1と協力したイベント、その名も『ファンタジーファイトWRESTLE-1』で同舟しており、そちらを思い起こさせる仕掛けにもなっていた。

 以上、見てきたように、カードの当日発表は、やり方や組み合わせによっては望外の効果を生むもの。6月15日の新日本プロレスの再出発が、歴史に残るそれとなることを、願ってやまない。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

    まだコメントはありません。

おすすめ記事

新しいコメントを投稿する

 [PCから画像ファイルをアップロード]

関連付けられたタグ

なし
[タグを付ける]

<< 一覧に戻る