2020/4/20 12:07

安倍首相のお膝元であの選手が立候補!? G1の優勝戦を無視した首相?棚橋らも国にアピール!プロレスvs歴代総理大臣!

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安倍首相のお膝元であの選手が立候補!? G1の優勝戦を無視した首相?棚橋らも国にアピール!プロレスvs歴代総理大臣!
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棚橋弘至ら、国への要望に動く。


 国勢上、自宅で楽しむことを奨励されている昨今だが、それを巡り、今週、ちょっとしたハプニングがあった。シンガー・星野源さんが、自作の曲にコラボを求める動画を投稿したところ、12日、安倍晋三首相がこれに反応。自らの公式Twitterに、自宅で寛ぐ様子を載せたのだ。国のトップの(事前挨拶も無しの)この行動と、その様態に、反応はふんぷん。星野さん当人の当惑も含め、得てして芳しくないものではなく、改めて、市井との感覚のズレを感じさせることとなった。

 さて、おりしも15日、そんな国政へのプロレス界の動きも明らかになった。棚橋弘至ら、プロレス主要団体の首脳陣が、馳浩衆議院議員を訪問。レスラーの休業補償などの内容を盛り込んだ要望書を提出したのだ。ただ、馳自身が、「あらゆるメニューで企業、選手、興行に対しての支援メニューがありますので、相談していただければありがたいかなと思います」と応じているように、プロレスに特化した対策が今後取られるかはあくまで微妙なところだろう。ただ、馳はこうも語っている。「コロナの対策が首尾よく進み、終息を迎えたときには(日本経済の)V字回復を目指した取り組みもプロレス業界の役割のひとつであると思ってます」なるほど、プロレスならではの新たな一手や狼煙を、状況の好転に応じてはあげたいところだ。とはいえ、これは馳がかつて本職だったからこそ言える至言にとれなくもない。大きく言えば、先の星野さんの件のように、国主とは認識の差異がある場合もあろう(こういうことは、別に歌やプロレスに限らないが)。

 そこで今回の当欄は、そんな国のスタンスとプロレスに焦点。「プロレスと総理大臣」という関係にフォーカスしてみた。歴代の首相が、プロレスをどう捉えていたかについて綴ってみたい。

自民党副総裁イコール、プロレスのコミッショナーだった時代も。


 1954年に本格的に産声を挙げた日本のプロレス(※力道山が『日本プロレス』を旗揚げ)。実はプロレスと政界とは、もともと縁が深かった。大野伴睦、川島正次郎、椎名悦三郎など、歴代の自民党副総裁が日本プロレスのコミッショナーを歴任。新日本プロレスでは、二階堂進・自民党副総裁がコミッショナーに。この、1970年代から80年代前半にかけて、ことさら新日本プロレスと関係が深かったのが、ご存知、森喜朗元首相(第86、87代)。当時は衆議院議員であり、文部大臣を務めていた時期もあったが、いわゆるタイトルマッチの宣誓書を読んだり、勝者にトロフィーを渡したりなど、活躍(?)。宣誓の際、外国人レスラーに凄まれ、ほうほうの体でリング下に逃げてしまったことがあったが……。そんな森元首相が沽券を見せたのは、2006年8月27日の馳浩引退試合(※全日本プロレス・両国国技館)客席で観覧していたところ、VM(ブードゥー・マーダーズ)のYASSHIがマイクで「おい!そこの森!悪そうな顔してんね。おなかの中、何か詰まっとるねえ。お金か!黒い垢か!お前がそんなんやったからな!この俺がこんな悪ガキになったんじゃ!」と罵倒。さらに場外乱闘のどさくさに紛れ、VMのTARUが森に手を出そうとすると、そこに対戦相手の馳が駆けつけ、TARUを羽交い絞めに。すると、なんとパイスイスを持つ森元首相!結局、連携攻撃はそこで未遂に終わったが、翌日、森元首相は、VMの蛮行について「失礼だ!」と激怒していたらしいが、筆者にはかなりノリノリに見えたのだが……(※同日の馳の引退セレモニーでリングに上がった際は、馳にチョップを打つ仕草も)。2014年、ソチ五輪のフィギュアスケートで転倒した浅田真央に批判めいた発言をし、鈴木みのるにSNS上で喝破されるなど(鈴木に限らず、国民の大勢が不快感を示していたと思うが)、どうにも失言の多い元首相であるが、ジャイアント馬場の葬儀は花を出し、永源遥の通夜には駆け付けるなど、プロレス界と関わりが深いことに変わりはない。

 なお、1976年から78年に総理大臣だった福田赳夫氏も、特に新日本プロレスとは昵懇。佐山サトルが、初代タイガーマスクに変身し、初の帰国をする際、現地で佐山が納税をしていなかったため、出国出来ない事態となった。この際、新日本プロレス側が既に総理を退いていた福田氏に頼み込み、そのお墨付きで佐山を出国させたという、なんとも豪快な逸話がある。つまり、ある意味、初代タイガー伝説の生みの親と言っても良いわけだが、その赳夫氏の長男にして、第91代総理大臣が福田康夫。なんとも実直な印象があり、大袈裟に言えば、プロレスのプの字も知らないように思えたのだが、同氏が官房長官時代、国政の場にいた大仁田厚は、こう言われたそうである。

「大仁田君。プロレスもいいがね、私に言わせれば、政治こそ男のロマンなんだよ!ファイヤー!」

 最後の雄叫びは大仁田の脚色のような気もするが、やはり、血は争えないようだ。

遂に首相経験者が、プロレス専門誌の表紙に!


 福田康夫氏の前後は、特にプロレスと関連を持つ首相は現れず。例えば、人気だった小泉純一郎首相に、新日本プロレスが『G1 CLIMAX』優勝戦のチケットを送ったことがあった(2004年)。背景には、当時の社長である草間政一氏が、その威勢を見せたい部分と、優勝戦同日に、『PRIDE』の決勝戦がさいたまスーパーアリーナで行われることがあり、優勝候補だった永田裕志も「優勝したら、首相に敬礼ポーズをやって欲しい」と大ノリ気だったが、結局、ナシのつぶてに(※優勝は天山広吉)。2009年末、翌年の長崎県知事選に出馬するにあたり、愛車のBMWを150万円で売り、他にも愛用の革ジャンなどを売りに出し、選挙資金づくりに暇のなかった大仁田は、その真意を問われ、「政治にはカネがつきもの。9億円のお小遣いをもらった人もいるが、政治はキレイなカネでやった方がいいもんな」。当時、献金疑惑あった鳩山由紀夫首相をチクリと刺したのだった。いずれにせよ、時の首相とプロレス界に私的なものでも関わりがなかったことは確かだ。

 それが一変したのが、2011年9月。第95代総理大臣に、野田佳彦氏が就任したのだ。首相就任が有力視されていたこの前月から、プロレス好きは、それこそ全国紙などの、やや堅めのメディアでも喧伝。それというのも本人が自らのブログに当時から「史上最強のプロレスラーはジャンボ鶴田」「初代タイガーマスクとダイナマイト・キッドの試合にしびれた」など書いていたためで、つまり、野田佳彦イコール、プロレスという等号が政界やマスコミで、既に成り立っていたのである。ただ、当時のご自身のウェブサイトの各ページに、「ドスンパンチ!!」と表示されていたのは、よく意味がわからなかったが……。なお、本人は柔道2段で、格闘技振興議員連盟会長の職にもあった。

 もちろん首相就任後もプロレス好きは変わらず。いや。注目されることで、よりアピール出来るようになった感があった。2012年3月には、首相として日本テレビの番組に出演し、持論を披露。曰く、「私が好きなのは受けの強さ。特にジャンボ鶴田さんが好きだった。あの基礎体力はすごい。最強と確信している。攻め技もすごい。4の字(固め)もあったし、鋭いバックドロップもあった」とはいえ、ガチガチの全日本派というわけではまるでなく、ファンとしては超党派。事実、これは首相を降りてからだが、後楽園ホールで連合の集会があった際、(後楽園ホールだから、野田さん、何かやるかもな)と思っていたが、新日本プロレスのタオルを首にかけて登場したのには笑ってしまった(2016年3月3日)。それほどまでに、プロレス全体に、愛が深い人なのである。

 首相在任中の、2011年12月2日には、IGFの大会をおこなう猪木に、「国政のリングで頑張る所存ですので是非セコンドをご依頼致します。内閣総理大臣 野田佳彦」と、粋なメッセージ。翌年4月20日には、『ドラディション』のリングのデビュー40周年記念試合をおこなった藤波辰爾に記念品を送付(※本人登場はなし)。さらに同年の5月には、膝の怪我で長期欠場中だった小橋に手紙を送っていたことが明らかに。内容は、「幾多の困難を日々の努力で克服してきた小橋建太選手を心より尊敬しております」。もはや手紙というよりファンレターだが、「小橋建太大兄 頑なに進む」と墨書きされた色紙も同封されていたとか。翌年5月に、小橋は引退。当日のセレモニーにはリング上で花束を渡す野田氏の姿があった。なお、首相を降りてからではあるが、2013年9月4日発売の『週刊プロレス』では、プロレス好きの元首相として、堂々、表紙に登場している。

安倍首相のお膝元で、プロレスラー、立つ!?


 さて、現行の安倍晋三首相だが、2014年3月、当時、日本維新の会に所属していた猪木との答弁において、注目すべきやりとりがある。猪木に対し、安倍首相が、こう言ったのだ。「私も子どものころ猪木さん対ブルーノ・サンマルチノの戦いに、手に汗握ったことを覚えております」……。猪木とサンマルチノは、日本でほぼ、戦ったことがない。あえて言えば、1968年8月9日、日本プロレスの田園コロシアム大会でサンマルチノ、レイ・スチーブンス組が猪木とジャイアント馬場のインターナショナル・タッグ王座に挑戦しているが、正直、(記憶違いでは?)と思ったものである。とはいえ、直後に、「ハルク・ホーガンとの試合も、手に汗を握って見ていました」とも付言。プロレス好きな一面も見せてくれた。とはいえ、昨今の事態に、他の業種と比べてプロレスに対して重用があるというほどではないだろう。そういえば、本年の2月末、次期衆院選で安倍首相の地元である山口4区に、『れいわ新選組』が、元プロレスラーの竹村克司氏(47)を擁立することが発表されていた。そう、元新日本プロレスの竹村豪氏選手である。ひょんなことでプロレスと一種の因縁が出来そうだが、こちらは推移を見守りたい。

 なお、先の猪木と安倍首相のやりとりは、猪木の訪朝に関するもので、猪木はここで一席ぶった。「安倍総理が直接(北朝鮮に)行かれたら一番いいんじゃないかと思います」さらに答弁後の囲み取材では、安倍首相と食事をしたことを明かし、「安倍総理が北朝鮮への制裁をかけたんだから、鍵を開ける暗証番号を知っているのは安倍総理しかいません」と呼び掛けたという。当時、自公連立政権だった首相の答えは、「私は野党なので何も出来ません」。囲み会見で全てを語った猪木は、もどかしそうに、こう締めていた。「人生は一回きりだぜ!」

 猪木がそれを言える立場にあったこともあるが、特に国情から先の見えない昨今、様々なところから国への声を上げることも大事だろう。プロレス界にも、そのパワーの発揮を、ぜひとも引き続き、望みたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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