2020/2/9 10:42

幻に終わった高田延彦来場計画!猪木が高評価した現新日本関係者とは?新日本来場?オールスター戦?オカダの「猪木」発言を探る!

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幻に終わった高田延彦来場計画!猪木が高評価した現新日本関係者とは?新日本来場?オールスター戦?オカダの「猪木」発言を探る!
5.0

突然の「アントニオ猪木!」発言


 予言めいたプロレスラーの発言に、後から驚くこともある。2015年の6月にインタビューした中邑真輔は、その年の1月4日に東京ドームでおこなった飯伏幸太戦を引き合いに出し、こう語っていた。「海外での評判が凄く良かったんですって。プロレスは言葉以上のメッセージだし、それが海を越えて伝われば最高ですよね」中邑がWWE行きを発表したのは、その翌年1月のことだった。最近では、「(スターダムの親会社である)ブシロードの横に並びたい」としていた長与千種が、過去の自らの団体『GAEA JAPAN』の復活を発表。筆者としては別の仕掛けも期待していたのだが、その第1弾と捉えれば、まさに予告通りの行動と言っていいだろう。

 オカダ・カズチカの発言が、話題を呼んでいる。2月2日の札幌大会の試合後のマイクで、「札幌大会、何も起きなかったので、僕が今、気になる人のことを言わせてください」とすると、「アントニオ猪木!」と絶叫。瞬間、テレビ解説陣は沈黙。完全に意想外の言葉に、声を失った感があった。流れや言いっぷりからして、リップサービスではと思われる向きもあったのだが、オカダ本人が、「答え合わせはまだでしょ」と直後に発言したことが明らかになり、周囲はその後の可能性を巡って喧々諤々。騒然としている。

 今週の当欄も、このオカダの「猪木」発言に注目。予期される可能性を探りたい。

新日本から表彰されてない、あの大物OB


 2011年3月6日、後楽園ホールでのことだ。懐かしい新日本プロレス・OBレスラーの、ドン荒川が入場して来た。貢献した偉大な選手たちを表彰する『NJPWグレーテストレスラーズ』にお呼ばれになったのだった。過去には前田日明も登場し、場内を沸かせている(2009年)。この時はドン荒川が1人で入場。それを観て、(やはり、無理だったか)と思った。

 実は、もう時効だと思うので書かせて頂くが、この年の『NJPWグレーテストレスラーズ』では、高田延彦が登場する予定だった。だが、来場を打診すると、地方での芸能仕事が入っており、断られたということだった。高田は有名芸能事務所所属であり、そちらの予定が先に入っていたのならやむをえないが、それだけに、固辞には全くキナ臭いものがなく、ただ都合が合わなかっただけだったので惜しまれた。同時に外野としては、「もう少し早く声をかけていれば」という気持ちも、なくはなかった。しかし、当然のことながら、新日本プロレスの主役は試合であり、また、現役のレスラーたちだ。こういった、いわば幕間の企画が後手に回ったとしても、責められるべきではないだろう。

 ネットやSNS等で噂されるのが、この、猪木の顕彰である。同賞の授賞式は、毎年の旗揚げ記念日(3月6日)近辺におこなわれており、今年は3月3日に、『旗揚げ記念日』大会として大田区体育館でおこなわれる。2月の最初にオカダがマイクで煽り、1ヶ月後に猪木が出て来るなら、ちょうど良いタイミングだろう。

 だが、残念ながら、一部のファンには失念されているのかもわからないが、猪木は既にこの賞を、2007年に受賞している。しかも、同賞の一番最初の受賞者が猪木なのである。ただ、本人の登壇がなかったので、もし現れれば確かにニュースにはなるが……。猪木も、以前の受賞を、改めて取りに来ましたという登場の仕方では、プライドが許さないだろう。然るに、今の新日本が猪木と関係を持つのなら、もっと、別のアプローチ、それも、後に続くものなのではないか。

 そこで巷間、噂されているのは、「プロレス・オールスター戦」への象徴としての担ぎ出しである。

各種オールスター戦、実現のきっかけは?


 こちらも端緒はオカダから。1月16日の『プロレス大賞』受賞式で、「オリンピックイヤーならぬ、“レスリングイヤー”に2020年は皆さんでしたい」と言ったのを、『プロレス・オリンピック構想』(=オールスター戦)と取られたものだが、全日本プロレスの宮原やNOAHの清宮もこれに賛同(2月3日)。気運が高まりつつある印象だ。

 ここで、今までのオールスター戦の発端を整理しておこう。最初はご存知、1979年8月26日におこなわれた東京スポーツ主催『夢のオールスター戦』(日本武道館)。この年の5月22日に、件の東京スポーツが『三団体に“初対決”要請』と1面でブチ上げ、当時の新日本、全日本、国際プロレスに出場を要請。随分な打ち上げ花火だが、勿論、根回しはしてあり、猪木、馬場の両巨頭の好感触を経て、2人の極秘会談もセッティングした上での1面到達だった。因みに、国際プロレスに対してのみ、本当にこの報道が出てから交渉を始めたというから、同団体のファンにとっては何ともな話ではあろう。

 1995年4月2日には、『週刊プロレス』の母体である『ベースボール・マガジン社』主催で、当時の13団体の1試合ずつ提供するオールスター戦『夢の懸け橋』が。当時、実売で25万部を完売することもあった同誌だけに、各団体も断れなかったというのが実情並びに、実現の背景に思うが、インディー団体には一律で400万円。新日本プロレスには2000万円、全日本プロレスには3000万円を払ったと、まさに当時の当事者からうかがった。低い額ではないし、それだけの同誌の勢いがあったということだろう。

 2007年1月4日には、東京ドームで新日本、全日本の創立35周年を記念した合同興行が。実際の主催は新日本なのだが、この時期は新日本も、『1・4』が無くなるのではと言われていたほど、興行的に苦戦していた時期であり、合同興行と銘打つことで、期待感を煽る意味合いもあったと思う。この時期に両団体は交流を頻繁にしており、こちらはもともと、映像会社『B』のS氏が尽力したものだが、こと、この東京ドーム大会に関しては、ゲームソフトの中で両団体が夢の顔合わせをしていたことでスムーズに進んだ。同ゲームは当時の新日本の親会社、ユークスのソフトであり、大会名にも、このゲームの名称が、そのまま使われた。そう、『レッスルキングダム』である。現在も『1・4』の大会名として存続しているが、その記念すべき1回目は新日本と全日本の合同興行だったのだ。

 2011年8月27日には、東日本大震災のチャリティー興行『ALL TOGETHER』(日本武道館が開催。こちらも東京スポーツ主催だが、興行の意義もあり、交渉は比較的スムーズにいったようだ。こちらの興行については拙著の類でも触れているので詳述は避けるが、棚橋が、当時の三冠、GHC王者の諏訪魔、杉浦貴と組み、最初に戦いたがっていたのは、「武藤、蝶野、田上明」組だったことは付記しておきたい。付言すれば、諏訪魔が、「やれるなら、小橋建太とやりたいなあ」と言っていたのも忘れられない。2人の手合わせは幻に終わった。

 2012年7月1日には、両国国技館で、新日本と全日本の創立40周年を記念する合同興行が開催。こちらは当時の全日本及び、新日本の代表、内田雅之と菅林直樹との昵懇な関係から生まれたもの。2人は同郷(北海道)でもあり、内田氏はそもそも、新日本のファン。90年代、前職のアパレル業に勤しんでいた頃は、タニマチさながらよく第三世代に飯をおごっていたという(その後、元は新日本にいた武藤との縁で全日本へ)。

 ところで、『ALL TOGETHER』は、1回目が大成功に終わった翌年の2月に、2回目がおこなわれているのだが、この両大会とも、オカダは参加していない。1回目の時は海外修行中だったし、2回目の時は、まさに凱旋帰国1ヶ月で、IWGPヘビー級王座を奪取した直後だったのだが。カードにそもそも入っておらず。「僕がIWGP王者なのに、腹が立ってしょうがないですよ」という当時のコメントがある。自身がプロレス・オールスター戦を熱望するのは、この時の悔しい思いがあるからかも知れない。

猪木に高評価された、あの新日本関係者!


 さて、問題は、これらのオールスター戦に対する、猪木のスタンスだろう。実は2007年1月4日の、新日本、全日本35周年記念興行では、こんなコメントも残している。

「(両団体が共同でやるなら)お金をかけたものをやらなきゃダメだ。そうでなきゃ意味がない」(2006年11月16日)

 さらに、1回目の『ALL TOGETHER』の時は、当時の自身の団体、IGFの両国国技館大会をぶつけた。この際、知られるのが、猪木の現役期は対抗勢力だった全日本プロレスの、ある時の会場写真を見せられた時の猪木の反応。それは、1975年12月11日、全日本プロレスが日本武道館大会をおこなった時のものだった。実は同日、新日本プロレスは蔵前国技館大会を主催しており、いわば、興行戦争になったのだが、結果は、両会場とも超満員の客が集まった、とされた。ところが、『ALL TOGETHER』とIGFの興行対決となったので、関係者が昔懐かしいその時の写真を用意すると、猪木は一笑。「初めて見たけど、客席、空いてるじゃないか。超満員と聞いてたけど?」確かに、全日本の方の会場写真は、2階に空席が目立っていた。だが、驚いたのは、猪木が、30年以上経っても、その時の客の入りを気にしていたことである。つまり、全日本に対する、親睦とは言えない感情を感じたのである。

 ところが、翌年になると、このスタンスは豹変。2012年の新日本、全日本40周年王業に当たっては、ある人物にこんなエールを送っている。

「彼は、色々な話題をプロレス界に提供して、今、盛り上げようとしてるよね。とても良いことだよ」(2012年4月28日)

 この年2月に新日本の親会社になったブシロード会長、木谷高明氏へのエールであった。実は木谷氏は新日本の40周年にあたり、事前に自ら猪木にラブコールを送っていたのだ。もちろん猪木自身の来場や参加は無かったが、先人をリスペクトする木谷氏の姿勢に、悪い気がするはずもない。一定の評価を下したのである。

 気づけば昨年2月の、これまたオールスター戦、『ジャイアント馬場追善興行』に猪木も参加。それは、過去だったらとてもあり得ない出来事だった。

 もし、オールスター戦をやるのであれば、やはり旗振り役は新日本になるであろう。NOAHの親会社となったサイバーエージェントとは、以前のアメーバピグでの躍進や、AmemaTVでの新日本中継もある。
そして、猪木は今年、デビューして60周年(1960年デビュー)。このメモリアルもあいまり、猪木の名前が加われば、より衆目にアピールする効果を得よう。

 以前のように、対抗する形はもう終わった。猪木の名が、新日本の並走とともに、新たなファンの胸に刻まれるのを、願ってやまない。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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