2019/9/22 11:46

開会宣言は意外なあの選手!三沢の享年に秋山の誓い!盛り上がり最高潮!王道トーナメント特集

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開会宣言は意外なあの選手!三沢の享年に秋山の誓い!盛り上がり最高潮!王道トーナメント特集
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9月23日、優勝戦!


 取材をしていても、選手コメントの中には、書けないというか、書きにくい迷言というのも存在する。真壁刀義などは下ネタを放り込んで来ることが多々あったし、ナチュラルな発言で知られる船木誠勝は、マスクマン、「エイプマン・ソルジャー」に変身する会見で、「マスクマンなのに、正体が最初からわかっているのは意味がない」とバッサリ(2010年)。返す刀で2012年、当時の全日本に再入団したての大森隆男が、秋山準への三冠王座への挑戦を確定させると、同日、自らの試合後コメントで、「秋山選手の三冠王座に挑戦します。大森選手(が王者になる可能性)?(再)入団したてで、勝つわけないじゃないですか」と、さらに奔放に。

 とはいえ、言われた大森隆男も、“GET WILD”だけに、この手の発言には事欠かない。2015年9月、全日本プロレスでの覇権を争う大会で、石川修司に敗れて一言。「はいつくばってでも、2回戦に進むからな!」(ん?)と思った。試合はトーナメントだったのである。つまり、負けた大森はその時点で敗退なのだが……。同コメントに際し、「諦めきれぬ思いを口にした」というように無難に記事をまとめた速報サイトもあったが、そんな中、「(大森は)頭を打ったようだ」と報じた老舗専門誌には、妙なキャリアを感じたものである。

 そんな悲喜こもごもも見せて来た全日本プロレス「王道トーナメント」が、今年も開催中。本年で7回目を数え、団体ではすっかり秋の風物詩として定着した感があるだけに、その魅力は巷間広く伝わるべきだろう。

 今回はこの「王道トーナメント」を総特集したい。

門戸開放の、無差別級トーナメント!


 2013年9月よりスタートしたこの王道トーナメント。同年7月の武藤敬司らの大量離脱を受けての、いわば新機軸となった企画だが、1回目の開会宣言をおこなったのは、それこそ武藤とは盟友の蝶野正洋。全日本プロレスとアドバイザー契約をしていたがための登壇であった。

 その最大の特徴は、ヘビー級やジュニアのそれを問わない、無差別級での争いであること。よって、サブタイトルに、『オープン選手権』とついていたりもする。然るに、他団体に門戸も幅広く開放。KAIENTAI DOJO(現2AW)の滝澤大志はこのトーナメントが全日本プロレス初参戦だったし(2016年)、同じく2016年、同大会に初参加の長井満也は、「控室に渕さんや和田京平さんもいて、やっぱり懐かしい」と笑顔。しかし、00年代はおろか、この2年前より長井は全日本プロレスに参戦しており、懐かしいという言葉に(おやっ?)と思ったのだが、それまでが主にKENSO率いるユニット、『ダーク・キングダム』所属としての参戦だっただけに、個人の力が試される同大会で、1選手としての万感をようやく口に出来たのかも知れない。因みに、2回戦で秋山準と当たった際は、「このハゲ!」「なにぃ!? ?このハゲ社長!」と罵倒し合いながら試合をしていたが……(報じる前出の老舗専門誌がつけたキャプションは、「不毛な争い」デシタ)。少し毛色が違うが、新日本の常連外国人だったロウ・キーも2013年、この大会で全日本プロレス初参戦。前出の蝶野がプロデュースするファッション・ブランド、『アリストトリスト』のロゴ入りコスチュームで戦い、どこか全日本vs新日本のムードを出すところに、さすがの日本慣れが感じられた。

 さらに注目すべきは、フリー戦士の全日本初陣が、この場になりがちな点。今をときめく宮原健斗は2013年のこの第1回大会の1回戦が全日本プロレス初参戦。直前に、DIAMOND RING(元健介オフィス)を離れ、フリーとしての登場であった。カードは、当時の三冠王者、vs諏訪魔。実はこのトーナメント発進にあたり、1番最初に決まったカードがこれだったという(渕正信・談)。結果、惜敗はしたが、その宮原が現在、三冠ベルトを巻いていることからも、極めて慧眼を感じさせるマッチメイクだった。「ヨシタツ・ポイント」が人気の“ワールド・フェイマス”ヨシタツも、2017年の同トーナメントが全日本プロレス初参戦。1回戦は、同じく元WWEのTAJIRIに辛勝。すると、マイクで挑発する選手の姿が。「おい、なんちゃらフェイマス!プロレス界で最も崇高な男が胸を貸してあげましょう!」2回戦で当たる、宮原であった。同一戦では宮原が完勝。試合後のコメントは、「胸を貸したよ」だった。

 また、2013年の第1回から参加の曙は、この王道トーナメントが全日本プロレス所属選手としての第1歩。9月11日の1回戦より順調に勝ち上がり、結果、潮崎豪を下して優勝したが、試合後、ワンショルダータイツの上半身を開けると、腹に壮絶な火傷の跡が。8月31日に、大仁田厚と電流爆破マッチを戦い、その傷を負っていたのだ。「負けた時の言い訳をしたくない」とこれを隠し優勝を果たした曙は、翌月、諏訪魔を破り、念願の三冠王座を初奪取している。

同門対決にも注目!


 トーナメントとしての性質上というわけでもないが、いわばその自由度の高さにより、「同門対決」がおこなわれがちなのも、この大会の妙味の一つと言っていいだろう。2013年には1回戦で潮崎vs鈴木鼓太郎の「バーニング対決」が実現。潮崎がバーニングの創始者である小橋建太の持ち技、オレンジクラッシュからムーンサルトプレスへ繋ぎ勝利したが、会場を沸かす熱闘に、「俺らバーニング、その名はダテじゃないから」とする潮崎の言葉が印象的だった。2015年には、2回戦だが、秋山vs青木篤志が実現。付け人として秋山を熟知していた青木だったが惜敗し、試合後は珍しく無言であった。2016年にはこれまた1回戦で、ゼウスvsボディガーのビッグガンズ対決が実現している。

 また、2017年には、1年8ヶ月ぶりに全日本プロレスに参戦した鈴木鼓太郎と、かつての同胞、青木が1回戦で対戦。鼓太郎は以前に全日本を離れた際、保持していた世界ジュニア王座を返上した経緯があり、全日本プロレス所属として当然同王座に思い入れある青木は激怒。トーナメントに先立つ、8月の試合で出戻った鼓太郎に、「何しにきた?」と凄み、「お前とやるためだ」との返答を鼓太郎から引き出させると、青木は、「じゃあ、俺が勝ったら、2度と全日本のリングに上がらないでくれ」と挑発。そもそもの1回戦の相手はジェイク・リーだったが、その怪我による長期欠場により、鼓太郎を1回戦の相手に指名。結果、後輩・青木が激勝したのだった。ただ、試合後は、「全日本の若手には(鼓太郎との試合は)得る物があると思う」と、エールを送ることも忘れなかった。

優勝コメントも、自由度高し?


 さて、残すは準決勝と決勝を残すのみの今年の王道トーナメント。最後は、どこかユーモア溢れる、その優勝コメント集を。

 2016年、優勝した諏訪魔は、コメント・ルームでスタン・ハンセンにその昔(2005年)、「君があと10年早く、デビューしていたらなあ」と声をかけられた秘話を披露。諏訪魔のデビューは2004年だが、ハンセンは2001年1月に引退していた。あの不沈艦からの対戦希望だったとも言えるが、そう向けると、ハンセンを尊敬する諏訪魔は照れ笑い。「10年前なら、もっと稼げてたとかいう意味じゃない?」と報道陣を笑わせていた。その諏訪魔、2017年には同大会で連覇を果たすと、準優勝の石川修司との強力タッグを熱望。「やるからには、怪我人が出るくらいやっちゃおうよ!プロとしてはダメだけど」とこちらは普段の豪放磊落な自身らしいコメント。隣の石川を爆笑させていた。昨年優勝した宮原健斗は、輝く金色のトロフィーにキスをし、一言。「やっぱり俺には、キラキラしたものが似合うな」

 2015年(9月26日)に優勝したのは秋山準。同年10月9日が46歳の誕生日である秋山は、試合後、こう語った。「46歳で三沢(光晴)さんが亡くなって。俺も今年46だから、ビビッてる部分もあった。また最前線に戻って、もしかして、っていうのもあったけど、恐怖は自分で払わなきゃいけない。だから、いい試合をして恐怖をはらって、ベルトを必ず獲って、もう一度、全日本を盛り上げます!」 秋山は2ヶ月後の11月1日、見事、三冠王座を曙から奪取している。

 今年も2回戦の宮原vs黒潮“イケメン”二郎(9月18日)が名勝負になるなど、ますますの盛り上がりを見せる王道トーナメント。ジェイク・リーや野村直矢らの新世代も残っており、昇り調子の全日本プロレスに新たな風を吹かせられるか、ぜひ注目したい。



※9月14日より、拙著『プロレス鎮魂曲(レクイエム) (リングに生き、散っていった23人のレスラー、その死の真実)』(standards)が発売されます。ご興味のある方は、宜しくお願い申し上げます

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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