2019/4/29 11:06

平成最初の勝者は、今も現役のあの選手!今世紀最初に試合をしたのは、目立ちたがり屋のアノ人!いよいよ改元!「平成最後」&「令和最初」のプロレス特集!

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平成最初の勝者は、今も現役のあの選手!今世紀最初に試合をしたのは、目立ちたがり屋のアノ人!いよいよ改元!「平成最後」&「令和最初」のプロレス特集!
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5月1日、平成から令和へ!


 昨年暮れ、東京は渋谷の商業施設、マルイの7Fにて、新日本プロレスの“1・4”に向けてのイベントが約半月間、おこなわれた。その中に、田口の歌謡ショー(リコーダー演奏含む)、名づけて「TAG69FES(タグロックフェス)」なんていうのもあったのだが(12月30日)、告知には、こうあった。

『平成最後のTAG69FES(タグロックフェス)』。

 さらにである。大阪は阿倍野区の商業ビル「きんえいアポロビル」ならびに「あべのルシアス(ルシアスビル)」では、以下のキャンペーンが先月から今月上旬まで行われた。

「平成最後の春休みキャンペーンおよびイベント 平成最後のあべの三大決戦!『春の得得王G1クライマックス』」

 同ビルで映画を観た半券で受けられる飲食店のサービスで、人気No.1を決めるという同趣向。G1クライマックスと銘打って大丈夫なのかしら?と思ったが、一応、期間中、“G1男”、蝶野正洋のトークショーが開催されていた。いやはや、それにしても多きは、“平成最後”の惹句であろう。

 いよいよ、平成最後が間近だ。プラス、令和への幕開けもカウントダウンに入った。間違いなく、歴史の変わり目であり、一大エポックとして記憶される数日間となるだろう。

 今回の当欄も、これを記念し、平成最後、および、令和最初のプロレスを、30年前となる前改元時の業界の動向も含め、特集したい。

2日間の興行自粛となった、前改元時。


 先ず、昭和から平成への改元は、1989年1月7日。この日の午前6時33分に昭和天皇が崩御。今回のように、事前から予定された生前退位ではなかったため、同日、日本列島はおおいに揺れた。プロレス業界も、具体的には2日(7日と8日)、興行を自粛するという形で、喪に服した。例えば、新日本プロレスは7日の川崎市体育館大会、8日の後楽園ホール大会を、それぞれ2月2日、2月10日に順延。7日は崩御当日だったため、流石に自粛の処置が取られるとファンもみたのか、大きなトラブルはなし。ところが、8日の後楽園ホール大会については、一部社員が電話での問い合わせに、「大会はおこないます」としたために、大わらわ。結局、8日の昼に、猪木、藤波、坂口等が、後楽園ホール1階の入口で、間違えて来たファンを出迎え、事情を説明する羽目に。もちろん、握手やサインにも応じ、猪木自身がポスターをプレゼントするなどしたが、すると、野次馬たちまでそこに群がり、最終的には社員のみの対応になってしまった。

 そして、平成最初のプロレス大会となったのが、自粛の2日間も過ぎた、1月9日の全日本プロレス・石巻市総合体育館大会(他の団体は、この日、興行が入ってなかった)。もちろん陛下への黙祷はおこなわれたのだが、これが午後5時45分の、試合前控室において。ジャイアント馬場の、「お客様に見せるものでもない」という方針からで、本来は目立つことを嫌う、今、考えると、非常に馬場らしい判断だった。なお、この背景から、この日はさすがに、ラッシャー木村のマイク・パフォーマンスはなかった。

 この日のメイン、平成最初のメインは、ジャンボ鶴田&谷津嘉章vsダニー・スパイピー&ブライアン・アダムス。鶴田&谷津組が勝利したが、では、この日の第1試合、つまり、平成最初の試合はなんだったのだろう?

 答えは、百田光雄vs北原辰巳(後に光騎)。結果は、百田がバックドロップで勝利。当時の専門誌は、昭和のプロレスが力道山から始まり、平成のスタートを切ったのがその息子である百田光雄なことに注目していたが、筆者なんぞは、その百田が、令和でも現役であり続けることに万感の思いを感じる。ちょうど一か月ほど前、ご本人を取材させて頂いたのだが、「俺さ、腰が痛いんだけど、絶対に手術はしないって決めてるの。レスラーが晩年手術すると、ガタッと体調が落ちるから」と仰っていた。確かに仰る通りで、そこに本人の現役への強いこだわりを感じた。

 そして、ラッキーだったのが、この月にビッグイベント、日本武道館大会を控えていた、前田日明率いる第二次UWF。崩御により、日本武道館は、3日間使用自粛となった。つまり、1月7、8、9日の間、使えなかったわけだが、UWFの試合日が、1月10日。平成最初の日本武道館使用はプロレスであり、UWFだったのだ。打ち上げの席で「UWFには、ツキがある」と前田がご機嫌だったのもむべなるかなだろう。なお、この大会のリングサイドにはアイドルの浅香唯が。実は人気柔道漫画『YAWARA!』の実写版映画の撮影もこの日おこなわれており、主演の浅香唯がUWFの試合を観るシーンが実際、同映画には収録されている。さらに加えて言えば、この日のUWFの武道館興行では、日本初のクローズド・サーキットも敢行。大阪と名古屋の2会場で計1350人を集めた。まさに、平成最初のビッグイベントにふさわしい、それこそエポックな一戦となったのだった。

 ところで、では、「昭和最後の試合」は何かと言うと、昭和最後の日である1月6日に、新日本プロレスが後楽園ホール大会を開催。この時のメインが、猪木&藤波&長州vsビッグバン・ベイダー&クラッシャー・バンバンビガロ&リップ・モーガン。全日本プロレス、UWFは試合がなく、パイオニア戦志(剛竜馬の率いた日本初のインディ団体)、FMWは旗揚げ前だったので、これが、昭和最後の試合となる。しかも、日本側のビッグネーム3人がトリオを組むのは、オールドファンならずとも聞いたことがあるだろう、長州が藤波に反旗を翻した「かませ犬」事件があった1982年10月8日以来。それが、結果的に昭和最後の日にトリオを再結成することになり、これもまた感慨深きものとなったのだった。

世紀の変わり目は、大イベントで年越し!


 ところで、平成への改元以外にも、その移り目が大きく話題となった瞬間が。それは2000年の大晦日から、2001年の元旦までの間。そう、20世紀から21世紀への移行である。

 この時は猪木が主催興行「INOKI BOM-BA-YE」を大阪ドームで開催。武藤&高田延彦vsケン・シャムロック&ドン・フライなどの豪華カードが組まれ、新世紀へのカウントダウン直前には、猪木による、“年越し108ビンタ”が(108発目は藤波)。もちろん、カウントダウンに合わせては、「1、2、3、ダー!」が炸裂。その後、リング上で餅つきが行われ、出来上がった餅は客席に投げ入れられたが、洒落た味付けだったのが、まさにカウントダウン直前。20世紀に行われた猪木の名勝負が、ビジョンで流されたのだ。平成最後も、こんな演出が出来るイベントがあれば良かったのだが……。

 さて、大仁田厚が会場に現れ、猪木への挑戦状を渡したことでも知られるこの大坂ドーム大会。時間帯的にも、20世紀最後のプロレス試合は、前述の武藤&高田vsシャムロック&フライになるかも知れないが(※同タッグマッチの後、猪木vsヘンゾ・グレイシーがおこなわれたが、エキシビションだった)、では、21世紀最初のプロレス試合をおこなったのは誰かと言えば、その大仁田で、しかも会場が東京・ディファ有明であるからちょっとビックリ。この日(2000年の大晦日)、午後6時10分に大阪ドームに現れ、マスコミを通じて挑戦状を渡し、関係者入口に、『大仁田厚、参上 アントニオ猪木様』と書いた紙を貼り付けた大仁田は、「絶対にはがすなよ!」と言い残し、ワゴンタクシーで飛行場(伊丹空港)へ。空路で羽田空港に着いたのが午後9時で、そこからタクシーで午後10時にはディファ有明入り(『エキサイティング・レスリング・プロモーション』主催)。そして、年越し、いや、世紀越しへのカウントダウンとともに入場し、0時0分0秒とともに、なんと試合を開始!普通、こういう時は一種、その余韻に浸るものだが、それをせず、場を持って行ってしまうところが、なんとも大仁田らしかった。

令和最初の試合は、いったい何?


 さて、4月30日、平成最後のプロレスについてであるが、先ず、新日本プロレスについては、鹿児島・サンアリーナせんだい大会を開催。地元情報サイト『TJカゴシマプラス』でも、「平成最後のプロレスイベントを見逃すな!」と銘打ち、真壁が見どころを語っている。当日のメインは、オカダ&飯伏&石井&SHO&YOHvs内藤&SANADA&EVIL&BUSHI&鷹木となっており、いわば、5月3日の福岡大会のオカダvsSANADAの前哨戦となってはいる。しかし、平成最後の勝ち名乗りを受ける選手としては、やはり、オカダ、内藤の両巨頭に期待したい。

 平成最後の後楽園ホールを使うのは、大日本プロレス。こちらは大々的に「平成最後の後楽園ホール」と大会名を打って来ており、メインは蛍光灯凶器持ち込みタッグデスマッチ 高橋匡哉&佐久田俊行vs木高イサミ&宮本裕向。平成最後に血の花が繚乱するか、心して観たい。

 そして、年越しならぬ、“改元越し”プロレスを行うのが、DDTと、信州プロレス。DDTは4月30日、23時30分から、同団体のお茶の水道場で試合を開始。カードはその時点でのKO-D無差別級王者&その時点でのDDT EXTREME級王者&その時点でのユニオンMAX王者&勝村周一郎&山下実優vsDDTプロレス代表選手A&DDTプロレス代表選手B&プロレスリングBASARA代表選手&ガンバレ☆プロレス代表選手&東京女子プロレス代表選手の、スペシャル10人タッグマッチ。カウントダウンに近づくにつれて、どういう攻防になるのか、そして、終了のゴングがなった後、続き(令和最初のプロレス)はあるのか、楽しみにしたい。

 なお、このDDTの試合は、『DDT UNIVERSE VIDEOS』にて生配信されるが、チケット情報はなし。そう、中継のみの提供となるのだ。一方で、観覧者を入れた形での改元越しプロレスとなるのが、信州プロレス。栄村さかえ倶楽部スキー場ゲレンデを舞台に、4月30日23:00開始でイベントをおこなう(5月1日00:30終了予定)。「元号またぎイベント」とされ、参加無料、かつ、告知画像には、「インスタ映えする写真を撮りたい」「猪汁を振る舞いたい」などとあるので、必ずしもプロレス一辺倒ではないが、しっかり、「世界初の年号またぎプロレスやりたい」の文字も。DDTとこの信州プロレスが、平成、及び、令和最初のプロレスをおこなうことになるのではと予想する。

 なお、5月1日には全日本、NOAH、レッスル1、大日本プロレス、DRAGON GATEの試合はないが、業界の盟主、新日本プロレスは大分・別府ビーコンプラザ大会が控える。第1試合は、タイガーマスク&海野翔太&成田蓮vs上村優也&辻陽太&トーア・ヘナーレ。初っぱならしくヤングライオンが令和新日本最初の勝ち星を取れるか、そしてその選手が、時代を担っていくか、期待しようではないか。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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