2018/9/2 11:59

グアムで療養中!今を支える、新たな家族の愛!癌からの復調祈念!山本“KID”徳郁特集!

閲覧数:34661

グアムで療養中!今を支える、新たな家族の愛!癌からの復調祈念!山本“KID”徳郁特集!
5.0
最新のコメントに移動

車椅子姿で、闘病中の写真も(『FLASH』2018年9月11日号)


『視聴率31.6%』に、『4秒KO』と言えば、格闘技に精通までしない読者でも、誰の事を指しているかわかるかも知れない。答えは山本“KID”徳郁。04年大晦日に行われた魔裟斗戦では、瞬間最高資料31.6%を叩き出し、総合格闘技の場ではアマレス五輪代表も務めた宮田和幸を、4秒でKO。出会い頭の飛び膝蹴りを見舞ったものだが、この戦法、対戦3日前に思いつき、マネージャーにメールしたところ、「やめとけ」とのレスが帰ってきたという。それを本番で1発で決めてみせたKID。まさに、本人が自称するに、『神の子』ならでは。他にも、K-1参戦後、(総合格闘技部門)11連勝等、快挙には事欠かぬ格闘技人生を歩んで来た。

 そのKIDが、最大の敵と戦っている。8月26日、インスタグラムで、癌と闘病中であることを明かしたのだ。現在はグアムで療養中であり、公表はないが、消化器系の癌ではないかという関係者情報もある。

 今回の当欄は、このKIDの近況含め、その人物を振り返りたい。

1R目には、魔裟斗からダウンも!(04年12月31日)


 ご存じ、ミュンヘン五輪グレコローマン日本代表だった山本郁榮を父親に持ち、姉・美憂、妹・聖子もアマレス世界選手権を制覇したレスリング一家の長男。5歳のころから、父の友人であるレスラー、木口宜昭が開いていた『木口道場』に入門。子供らしく、大人の股下をくぐるなどの遊びを続けたが、これなど、タックルのコツを掴むための英才教育で、メキメキと頭角を現す。食事もエリート・アスリート宜しく、御飯のお椀に大豆が山盛りになったものなどだったが、KIDは、「よその家庭もそうだと思っていた」という。なお、頑張ると決めた時の集中力は並外れており、中学は進学校として知られる桐蔭学園に一般受験で合格。今まで頑張ってもダメだったのは、「姉たちが習ってたので、自分もやろうとした、バイオリン(笑)」とか。

 その後、留学し、アメリカの大学から、アマレスの特待生として誘われるほどとなったが、帰国し、99年には、アマレスの大学選手権で優勝。その後、『修斗』にて、プロデビューも、本人的には雌伏の時。というのは、1試合につき、3万円しか貰えなかったという。電気、ガス、水道が止められる日々。よって、『K-1』をテレビで観ながら、思ったという。「俺の方が絶対強いのに!」

 結果、04年2月24日、K-1 WORLD MAXで村浜武洋にKO勝ちする衝撃デビュー。しかもこの際、左フックで倒れた村浜の上を勢いでまたいだため、インパクトも大。一躍、K-1の注目株に。K-1ルールの2戦目が、先述の大晦日の魔裟斗戦だったことからも、どれほどの超新星ぶりだったかがうかがわれよう。

最初のタトゥーは、へその下の巳の梵字。


 さてこのKID、さまざまな毀誉褒貶に彩られた00年代でもあった。リングドクターへの暴行騒ぎ(06年)もあれば、修斗の試合で相手をKO後も殴り続けたり(02年9月・勝田哲夫戦・120日間のライセンス停止に)、今では全身の8割を埋め尽くすタトゥーの問題視も。

 そんなKIDの針路が変わり始めたのは、07年、それまでのプロ格闘技を捨て、アマレスに挑戦することになったのだ。

 06年当時で、推定1億5千万円という年収を投げうってのアマレス挑戦(全日本選手権参加)は、登録料2千円、参加料4千円を払ってのもの。だが、アマレス挑戦は甘くなかった。07年1月28日、2回戦で敗れ、腕も負傷。夢は潰え、結局、アメリカのUFCに主戦場を移すことに。しかし、この頃からのKIDの変化を指摘する関係者は多い。05年の最初の結婚で出来た子供たちの存在もあり、家族というものの絆を再認識することになったのだ。

「(現在の妻の)彼女とは笑いのツボが一緒。


 アマレス挑戦のきっかけは、家族での食事の際、「俺、アマレスやろうかな?」と軽く言ったこと。先に述べた家族構成で、皆が喜ばぬわけがない。端緒こそこれだったが、実はKIDの中には、深い思いがあった。「5歳の時、親父が俺に、『これがミュンヘン五輪の最後の試合だ』って、当時の新聞を見せてくれた。そしたら、親父が負けて泣いてる写真がでかでかと載っていて……。びっくりしたし、子供心ながらに、『チキショー!』と思った」これが原動力だった。

「座右の銘は、『自由』と、『一日一善』(笑)」と自ら言うだけあって、特に10年代以降の知られざる(?)善行には枚挙に暇がない。東日本大震災の際は、3月20、21日に大阪・アメリカ村で急遽募金活動。「今、被災地に行ったって迷惑になるだけだし、西へ行けば行くほど、震災の現実味は薄れているだろうと思って」(KID)。先立つ11年3月16日には、国際医療福祉専門学校救命学科にて臨時講師を。「救急救命士は、極限の状況に置かれる点で格闘家と通底する」というのが担当者の選定理由だったが、KIDも、「とことん救命という仕事を突き詰めて」と、まるで自らの格闘技に対するスタンスとダブらせるように語っていた。この約1年後の12年4月12日には東京・都営浅草線の五反田駅の線路に落ちた高齢男性を救出。ニュースになったのでご記憶の方も多かろうが、これには、父・郁榮さんの影響が大きいという。「親父は大学でスポーツ医学をやっていたからね。昔から、溺れた人や交通事故に遭った人を助ける場面に遭遇して来たから」(KID)。

 実は09年、離婚したKID。当時、東京は品川区で始めたカレー店『Curry Shower』が閉店の憂き目に遭い、一時は愛車をオークションに出すほど困窮していた。だが、14年、9歳年下の女性と再婚。実はこの相手が、件の救出劇の際、一緒にいた女性だったという。付き合い始めたのは、まさに東日本大震災のあった11年で、14年、KIDが頚椎ヘルニアとなった時も献身的に看病。これが結婚の決め手となったという。

 実は17年8月より、沖縄県糸満市にジムを開き、そちらに移住している“KID家族”。そう、再婚後、3歳になる長女と昨年生まれた次女に恵まれている。

 16年、姉、美憂が総合格闘技に挑戦することになると、トレーニングメニューや食事メニューを考えるだけでなく、姉の顔のマッサージまでこなしたKID。現在はグアムで療養し、妻や子供はもちろん、2人の姉も駆けつけているという。家族の絆は、何よりも強い。その愛情で再び元気を取り戻すことを、願ってやまない。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

最新のコメントに移動
  • 復帰とかはあとまわしで、まず生きててくれればそれでいい。

    ID:8245351 [通報]
    (2018/9/5 16:44)
    0 0
    賛成:0% / 反対:0%

    Loading...


おすすめ記事

新しいコメントを投稿する

 [PCから画像ファイルをアップロード]

関連付けられたタグ

なし
[タグを付ける]

<< 一覧に戻る