2018/8/5 12:32

幻のリングネーム候補!全日本に、書類選考で落選?祝・三冠奪取!ゼウス特集!

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幻のリングネーム候補!全日本に、書類選考で落選?祝・三冠奪取!ゼウス特集!
5.0

5度目の三冠チャレンジで奪取!


 グレイシー柔術の一家は、物心ついた時から柔術を始めているという。実際、3、4歳に見える幼児が道着を着てお互いに極めあっている動画を観たことがあるが、動きは達者そのものだった。なるほど、原体験宜しく、これだけ体になじんでいれば、後から同柔術を学ぼうとする、他の追従を許さないわけである。

 しかし、日本でも負けていない猛者がいる。4歳の時から筋トレを始め、今年で33年になるプロレスラーがいるのだ。上げるベンチプレスは、最高で212.5kg。デビュー2年目で、あの曙を投げ飛ばしている。プロレスラーでも珍しく、首回りと腕回りが同サイズの50cmというから驚きだ。

 その男こそ、ゼウス。ご存じの通り、さる7月29日、宮原健斗を下し、第61代の三冠統一ヘビー級王者に輝いた。今回は、このゼウスを特集したい。

「ジェロム・レ・バンナとか、好きでしたね」(ゼウス)


 1982年、大阪市生野区生まれ。本人が言うには、在日朝鮮人の在住者が多い地域で、ゼウスは在日3世。小学生低学年の時は、ギリギリ、プロレス中継もゴールデンタイムや夕方の放送を確保していたため、プロレスラーに憧れたが、それらが深夜帯に移った90年代中盤は、逆にゴールデン枠で放映されるようになったK-1のファンへ。23歳までは、昼間は工場で働きつつ、夜はクラブで用心棒をしながら、前出のように、ライフワークと言っていい筋トレに励んだが、そこで知り合ったGammaに誘われ、24歳で、大阪プロレスへ。2006年11月11日のプロデビュー戦では、現NOAHの小峠篤司に5分43秒でフォール勝ち。その際のフィニッシュはアックス・ボンバーを改称した、『バイセップスエクスプロージョン』。直訳すると、『二頭筋爆発』という意味だとか。かように、その筋肉美を売りに出された選手だったわけである。

 因みに、リングネームのゼウスは、当時の大阪プロレスの選手たちがアイデアを持ち寄り、最終的には当時の同団体の顔であったスペル・デルフィンが付けたもの。新人に対しては異例の措置であり、団体として、ゼウスに期待していたことがわかる。なお、他候補としては、『修羅』『阿修羅』などがあったという。2008年には『ハッスル』にも登場。この時期の代名詞である、フライパンを折り曲げるパフォーマンスをご記憶の読者も多いだろう。

 後の所属になる全日本プロレスには、2014年4月の『チャンピオン・カーニバル』から参戦。もちろん、最初は所属じゃなかったが、その最終戦を終えたゼウスは、こんな言葉を残している。

「全日本のプロレス、大好きですね」

 強面のキャラながら、てらいなく言ってのけたゼウス。それもその筈、ゼウスはもともと全日本プロレスに入団したく、20歳の時、同団体に履歴書を送っているのだ。

 もちろん、履歴書には、自慢に筋肉美がわかる写真も同封。内心、ワクワクしたという。

(これだけの体の入門希望者なんて、他に絶対おらんやろ!)

 ところが、なぜか全日本プロレスからは返事がなかった。それから6年後、『ハッスル』の場で、武藤敬司(グレート・ムタ)に出会ったゼウスは、こう言われる。

「お前、ウチに前、履歴書、送ったよな?」

 その体でわかったのだという。それほどのインパクトがあって、なぜ、返事を出さなかったのか?

 ズバリ、書類選考で落ちたのだ。ゼウスの10代は、まさに素行不良の日々だった。

「長男は京都大学卒、弟も、やんちゃながら真面目」(ゼウス)


 3人兄弟の次男として、秀才一家に生まれたゼウス。自身も、中学、高校と、私立の奈良学園に通ったが、高校1年時に、校長に呼び出される。曰く、「来年からは、もう来なくていい」喧嘩三昧の日々だったのだ。

 父のつてで、自身も興味を持っていたボクシング部のある大阪朝鮮高等学校に転校も、そちらも1ヶ月で退学に。「勉強、勉強の生活に嫌気がさして。ケンカに明け暮れて」と振り返るゼウス。鑑別所や少年院の生活も経験した。

 20歳で心機一転、結婚して仕事に就いた。そしてさらに筋トレに専心。ボディービルの全国大会やストロングマンの大会で優勝。そんな過程を経ての大阪プロレス、そして全日本プロレス参戦となったわけだが、三冠への初挑戦は、2015年2月の潮崎豪戦。凄絶なチョップの打ち合いとなり、潮崎に、「ゼウス!またやろうぜ!」と言わしめた。実は2人は生年月日が6日違い。歯ごたえのある打撃戦が出来る同世代のライバル出現が、嬉しかったのだろう。2度目の三冠チャレンジとなる、2015年8月、神戸での曙戦では、お互いにチョップやラリアットを打ち合い、ニヤリと笑い合うシーンも。勝った曙は、既に対戦前、「ゼウス、人生は祭りだ!」と、ゼウスの決め台詞を借用して挑発。「神戸で、祭り、やらかそうぜ!」としていた。この2人からは、ゼウスが好評価を受けていたのがわかるだろう。

 だが、そんなゼウスのファイトに、一家言持つ者もいた。

2015年9月1日に、全日本プロレス入団。


 それは、現在の全日本プロレスの長、秋山準であった。2014年、チャンピオン・カーニバルで初対戦した際は、「僕の好きなプロレスではない」と一蹴。翌年の対戦後には、さらに細かく、そのファイトを指摘した。「向こうの方がパワーもあるし、スピードもあるし、何より、若さだってある。だけど、試合が終わってみれば、俺よりゼウスの方が疲れている。それはなぜなのか?考えてみてほしい」。

 同時期、和田京平レフェリーは、こんなコメントを残している。「あの体とパワーで、全日本のプロレスを覚えたら、ゼウスは、末恐ろしいことになるよ」……。

 全日本に入団してから三冠王座奪取まで、約3年の月日を要したゼウス。それは、ゼウス自身が、幅のあるプロレスを体で学んで来た成果とも言い換えられよう。

 他団体のシングル王者にも、まるでひけを取らないその体躯と威容は、今後の全日本が上昇するのにもってこいだ。新たな三冠王者がどんな風景を見せて行くか、期待したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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