2018/6/10 11:45

高山が“青春の握りこぶし”!? 馬場、53歳にして新兵器披露! 祝・本間カムバック!プロレスラー復帰戦特集

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高山が“青春の握りこぶし”!? 馬場、53歳にして新兵器披露! 祝・本間カムバック!プロレスラー復帰戦特集
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昨年3月3日以来、477日ぶりに実戦のリングへ!


 6月3日、嬉しすぎるニュースが入った。頸髄損傷からの復帰を目指していた本間朋晃が新日本プロレス・後楽園ホール大会に登場。6月23日、地元、山形ビッグウィング大会での正式な復帰を発表したのだ。リング上という公の場は、昨年7月26日の仙台サンプラザホールでの、近況、並びに復帰への誓い報告以来となる本間。後楽園ホールでの復帰決定挨拶では、喋り始めてからマイクが入っていないことに気付くなど、愛すべき慌て者ぶりを見せた本間だが、復帰戦に向けてのトレーニングは万全。怪我の大元となった首については、今まで以上に万全に鍛えているという。

 昨年7月の復帰誓言の際には、「プロレスラー復帰宣言特集」を組んだ当欄。今回は本間の待望の復活を祝し、プロレスラー、復帰戦特集を編んでみたい。

川田に合わせ、パートナー・渕も珍しくガウンで入場(2003年4月12日)。


 既に『ロイヤルシート』(8500円)、『指定席B』(4500円)が完売となり、残る『指定席A』(6500円)も僅かとなっている本間の復帰戦。当日は会場も大いに沸騰しそうだが、先ずはそんな復帰戦を盛り上げる下準備に注目してみたい。

 2008年5月2日、脳出血による欠場から3ヶ月ぶりとなった永田の復帰戦では、青地に白地の「永田」応援ボードが登場。このボード自体は当時、既にお馴染みだったが、この日は復帰を祝し、有志が何と1000枚も用意!青に染まった会場のメインでゼロワン勢(田中将斗、崔、日高)を相手に快勝した永田は、「(ゼロワン勢、)全然もの足りねえな!新日本プロレス、俺が戻ってきたからには大丈夫ですから!」とマイク。口も滑らかに完全復活をアピールした。

 2003年4月12日、川田利明の膝の怪我からの約1年ぶりの復帰戦では、「川田利明選手応援シート」が登場(全日本プロレス・日本武道館大会)。北側アリーナ席10000円の一角だったが、即座に完売。特製のマフラータオルつきだった。川田も新調したゴールドのガウンで入場と、気合十分だった。

 そして、復帰の感動を最高に昂揚させたお膳立てが観られたのが、2007年12月2日の小橋の癌からのカムバック戦(日本武道館)。中二階のせり出した壁に、幕に覆われた物体が飾られていたのだが、小橋の試合直前、幕が取り去られると、そこには闘病中、小橋を支えたファンからの千羽鶴が幾層も!ファンの涙を誘ったのだった。因みに、この日の第4試合に出場した本田多聞には異変が。ゴング前なのに、胸板が赤く腫れあがっていたのである。実は小橋の復帰が決まって以降、自らスパーリング・パートナーを買って出て、小橋のチョップの試運転を、それこそ何百発も受けてきたのだった。こちらも復帰直前の立役者として、強く挙げておきたい。

ミサイルキックまで披露して燃えた渕(2003年4月12日)


 さて、復帰戦では真壁とのタッグを希望している本間。そこで、タッグマッチならではの、“先発”を巡るドラマにも触れてみたい。

 小橋はもちろん、頚椎損傷から1年4か月ぶりの復帰を果たした中西学も自らが先発(2012年10月8日・両国国技館)。逆に、珍しく先発してファンの大歓声を呼んだのが。大腿骨骨折から約6か月ぶりの復帰を果たしたジャイアント馬場(1991年6月1日・日本武道館)。パートナーのラッシャー木村、渕を抑えての先発だった(vsブッチャー、キマラI&II)。その馬場が印象的な動きを見せたのが、1993年10月23日、内臓疾患から約1年ぶりの復帰をしたジャンボ鶴田のパートナーを務めた時。先発を買って出ようとする鶴田。だが、はやる気持ちを心配したラッシャー木村がそれをとどめる。ところが鶴田を止めようとするその木村を、馬場が制止。鶴田を先発として出したのだった。一刻も早く戦うリングに戻りたいという愛弟子の気持ちを汲んだ、馬場の名裁きだった。

 そしてパートナーの重要性も見逃せない。中西の復帰戦には永田の他に、盟友のストロングマンも駆けつけてトリオを結成。試合後、感涙にむせぶ中西の姿があった。復帰戦で武藤&小島を相手にした川田のパートナーは渕。言うまでもなく、2000年の大量離脱後の全日本を支えた2人だけに、さながら試合は“武藤全日本”との対抗戦。川田がストレッチプラムに入れば、渕はフェイスロックで競演だ。試合後の小島の、「自分が1年間やってきた全日本プロレスと違った。なにか、急に自分が他団体の選手になってしまった気がした」というコメントが、2人に残った全日本イズムを物語っていよう。

 MVPもののパートナーと言えば、前述の小橋の復帰戦で組んだ高山善廣(vs三沢、秋山)。積極的に小橋をサポート。ダブルタックルを皮切りに、コーナーにつめての三沢へのミドルキックの連射に小橋を呼び込み、相手にチョップをさせる。場外で小橋が飛ばした秋山には高山がビッグブーツだ。極め付けは、倒れた小橋に、自らが握りこぶしを作っての檄。名場面続出の同試合は、同年のプロレス大賞ベストバウトを受賞した。

 試合後は、コメントルームで最初に発言し、終わると、「これから3時間くらい喋るから(笑)」と、長き欠場から戻った小橋に譲った高山。現在、首から下が動かせず闘病中なのは周知の通りだが、先日、8月31日におこなわれる「TAKAYAMANIA」実行委員会の鈴木みのるは、会見で高山についてこんな発言も。「口は相変わらず達者なんで(笑)」。なぜかホッとした気分になった。帝王に改めてエールを送りたい。

リングドクターが、セコンドにつく場合も(川田復帰戦等)


 そして復帰戦と言えばどうしても気になるのが、やはり、以前と同じ動きが出来るか、以前との違いがあるか、ということだろう。中西は前述の復帰戦で、Wブレーンバスターに来る矢野、飯塚をまとめて逆ブレーンバスターに切ってとり、変わらぬ怪力ぶりをアピール。1999年6月8日、同年1月4日の小川直也による反則暴走からの復帰を果たした橋本真也(vs天龍源一郎)は、ゴング前、「118キロ」とコール。すると、観客から大きなどよめきが。以前は130kg台だったためだが、小川へのリベンジを果たすため、猪木直伝のファスティングダイエットに挑んでいるという情報もあり、期する気持ちを文字通り、体で語った形となった。

 先述の先発での登場宜しく、御年53歳にして復帰戦で新兵器を出すというハッスルぶりを見せたのがジャイアント馬場。それはDDT。キマラIIに決め、見事フィニッシュしてみせた馬場だった。因みに同技、実は怪我をした1990年11月30日に一度試し打ちしており、約半年ぶりでの連続披露。慎重居士の馬場を考えると、験を担いで封印しそうなものだが、この時の馬場の言い分は、「入院すると、『どこが悪い』『あそこが悪い』と、怪我した箇所以外にも言われてね。どこも傷めずに、それでいて効果的なフィニッシュはないかと思った結果がDDTだった」ユーモラスな反面、身長があるだけに妙にリアルでもあったのだった。

 実は冒頭で述べたように、本間が首の猛鍛錬に勤しんでいるのは、怪我の再発防止の他に、もう一つ理由がある。自らの代名詞である“こけし”を披露するためなのだ。確かに、これが披露出来れば、見守る客の不安も消し飛ぶだろう。

 来たる6月23日、よりパワーアップした本間に期待したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 小橋建太選手の復帰戦のチケットがプラチナチケット化した為、ノアのファンクラブ入会を決めたのはここだけの話。

    ID:218404 [通報]
    (2018/6/10 19:48)
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  • 柴田の復帰戦もプラチナチケットになるかも?!

    ID:7416662 [通報]
    (2018/6/11 13:21)
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