2018/5/13 12:28

既に行われていた「時間無制限3本勝負」!日本最長試合に、大きな疑惑?! オカダvsケニーで実現!「時間無制限3本勝負特集」!

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既に行われていた「時間無制限3本勝負」!日本最長試合に、大きな疑惑?! オカダvsケニーで実現!「時間無制限3本勝負特集」!
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6月9日、大阪城ホールで激突!


「北都プロレス」(2017年4月)、「石川修司」(2017年5月)、「ムーンサルト」(2018年3月)……なんの記録だろうか?答えは、「Twitterのトレンドワード入りした言葉」(※日付略)である。なるほど、先頭から内容を、アンドレザ・ジャイアント・パンダ、チャンピオン・カーニバル優勝、武藤の最後のムーンサルトと読み解けるだろう。

 そしてさる5月4日夜、新たなプロレス関連ワードがトレンド入りした。「時間無制限3本勝負」。言うまでもなく、5月4日、棚橋を下してIWGPヘビー級王座連続防衛記録を更新したオカダ・カズチカに、次期挑戦者に名乗り出たケニー・オメガが要求した試合形式である(5月7日に正式決定)。

 今回の当欄は、この話題の「時間無制限3本勝負」を、多面的に取り上げてみたい。

既に新日本でおこなわれていた、「時間無制限3本勝負」!


 先ず3本勝負だが、もちろんIWGPヘビー級選手権では史上初。一方の雄、全日本プロレスの三冠選手権においても一度もなく、同団体でのタイトルマッチ、それもシングルでの3本勝負となると、1984年9月12日のNWA世界戦、リック・フレアーvs天龍まで遡るというからビックリ!(1-2で天龍の負け) 因みにこの両者、天龍の団体、SWS、及びWARでも3本勝負を敢行。同試合形式は、どちらかというとフレアーの好みだったか。

 ただ、三冠戦の前哨戦が3本勝負になったことはあり、それが2013年7月14日の諏訪魔vs潮崎。2-1で無冠の潮崎が勝利したが、死闘ながら、どこかマラソン・マッチの印象が薄かったのは、本数の合間のインターバルが2分だったためか(昭和のプロレスでは、1分が通例)。この辺り、オカダvsオメガの一戦はどうなるのか、実に興味深い。体力には気をつけてほしいが、思い切って30秒くらいまで縮めた方が、2人や観客のテンションの持続に寄与する気もするが……。

 なお、国を広げると、特にメキシコのCMLLで時間無制限3本勝負は頻繁におこなわれており、事実、新日本においても、CMLLのコラボ興行においては同試合形式が採用。一例をあげれば、2011年1月22日のCMLL世界ウェルター級選手権、マスカラ・ドラダvs田口隆祐、および、CMLL世界ミドル級選手権、ライガーvsラ・ソンブラで、まさに「時間無制限3本勝負」がおこなわれている。両団体の密接な関係から、今回の試合形式のアイデアに繋がったと見るのも、一興かも知れない。

「2-0連取」で印象付けた、NOAHの旗揚げ


 往年の人気マンガ「キン肉マン」の中のタッグトーナメントの決勝戦の際、突然、マスク獲りを得意とする敵側が、「3本勝負」を提案するくだりがある。キン肉マンは、「もし1本取られても、2、3本目で取り返せるから」と、安易にこの申し出を受けてしまうのだが、そこで、“智将”ロビンマスクが言う。3本勝負にしたのは、うち2本で、お前たち2人とものマスク(命)をもらうという意味なんだぞ!と。

 こちらを彷彿とさせたのが、2000年8月4日、ディファ有明における、NOAHの旗揚げ戦。そのメインは、「三沢&田上vs小橋&秋山」の60分3本勝負。翌日の同じディファ有明大会では、勝者チームの2人が一騎打ちというマッチメイクになっていた。なお、タッグの組み合わせは当日、4人が入場してから発表されるという手の込みよう。ファンの安易な予測を許さない。当時、既に珍しかった3本勝負も含め、新たなものがここから始まるのだという期待感があった。

 ここで秋山が躍動。三沢から2分ジャスト、フロントネックロックでストップ勝ちを収めると、田上から17分45秒、エクスプロイダーでフォール勝ちを達成する。規定にのっとり、翌日、小橋と一騎打ちするとこちらも撃破し、NOAH3強を2日で制覇。一躍トップに躍り出たのだった。3本勝負でなかったら、1試合での三沢&田上越えはなかった。

 なお、秋山のクレバーさやスマートさは、この旗揚げ時だけにとどまらず。2004年の5月には、自らの持つ白GHC王座で、非常に変わった3本勝負を実行。3人のレスラーに全て勝てば、それを1度の防衛とみなすという手法で、選手名は、井上雅央、泉田純、川畑輝鎮。1人と数えるまでもないということだった。結果、秋山は3試合に全勝し、1度の防衛に成功。当時の報道では、「3分1の防衛に成功」「3分の2の防衛に成功」と、数字も刻まれている……。

巌流島への上陸自体は、マサ斎藤が後だったが……。


 しかし、実のところ、ファンが今回のルールで興味があるのは、「時間無制限」というところではないか?昨年6月には、60分フルタイム戦い抜いて互いに1本も獲れなかった2人だけに、3本勝負では、どこまで試合をしてしまうのだろうという、畏怖にも似た期待だ。

 そこで、日本最長の試合について触れると、先ず、メジャー団体における通常の試合では、1970年11月5日の、猪木&星野勘太郎vsニック・ボックウィンクル&ジョニー・クイン(第1回NWAタッグ・リーグ決勝戦60分3本勝負)。1vs1から60分時間切れの後、延長戦をおこない、12分9秒、猪木がニックに勝利。つまり、計72分9秒の死闘となった。

 これを遥かに上回るのが、山口県は巌流島にリングを建て、無観客状態でおこなわれた「猪木vsマサ斎藤」(1987年10月4日)。そう、遅れて到着した宮本武蔵が、待たされたことで逸(はや)る佐々木小次郎を一蹴した、伝説の決闘の地における試合だ。この一戦、猪木がスリーパーホールドで斎藤を絞め落とし、ルール上の規定だった勝者のゲートをくぐり、勝敗が決するまで、2時間5分14秒。こちらが日本最長のプロレスの試合とされている。いくらタフなオカダとオメガでも、3本まで行ったとしても、トータルタイムで2時間行くかは難しいところだろう。

 だが、ちょっと待ってほしい。この、日本レコードとなっている2時間5分14秒、実はからくりがあるのだ。

 この時、猪木と斎藤は、リングの傍らの小屋で、ぞれぞれスタンバイしていた。そこに、山本小鉄が16時半、試合開始の旨を告げた。ところが、2人とも出て来ない。そう、巌流島なので、先に出て行くと、負けた佐々木小次郎となってしまうため、だんまりを決め込んでしまったのだ。

 3分後、斎藤がリングに現れ、「猪木!」と呼ぶも、猪木は出て来ず。斎藤も小屋に戻ってしまう。そこから27分後、つまり17時ごろ、斎藤が再び登場。「猪木!」と呼び続け、そこから遂に7分後、猪木も登場し、試合が始まった(※当日の猪木は風邪を患っており、体温が下がるのを待っていたという報道もある)。

 つまり、試合開始から37分は、2人は触れ合ってもおらず、実際の巌流島対決の試合タイムは、2時間5分14秒マイナス、約37分で、1時間28分ほどとなるのだ。この時間なら、オカダとオメガなら、超えそうな気もする筆者である。

 今回の3本勝負、当然勝つためには2本取らねばならず、そこにも注目だ。なぜなら、もし、1vs1の状態になった場合、実力が拮抗する2人だけに、その時には既に、互いにレインメーカー、片翼の天使という、フィニッシュを出している可能性が高い。では、3本目はどうなるのか?ズバリ、それ以上の、新たな技を出さねば勝負は決まらないことになる。

 時間、決め手、さまざまな興味が尽きぬ極限の勝負を、ぜひ楽しみにしたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • オメガの試合は四天王みたいに激しくて危険な2.9の連続だから、怪我のないように。
    といっても最初から最後まで飛ばしといかないと凡戦という評価になるから難しいな。

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    (2018/5/19 3:05)
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