2018/5/11 10:55

意外な初タイトル!全日本での最後の敵は〇さん?! 三冠、GHCに連続挑戦!丸藤正道・タイトル獲得史!

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意外な初タイトル!全日本での最後の敵は〇さん?! 三冠、GHCに連続挑戦!丸藤正道・タイトル獲得史!
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宮原を、エメラルド・フロウジョンで撃破!


 4月30日、後楽園ホールで行われた全日本プロレス「チャンピオン・カーニバル」優勝決定戦は、インパクト大の結末となった。NOAHの丸藤が宮原を下して優勝。返す刀で、その宮原の持つ三冠王座への挑戦を表明したのだ(5月の24日に同一戦が決定)。

 丸藤と言えば、4月の29日に杉浦貴の持つGHCヘビー級王座に挑戦が決定済み。場合によっては、自身初の三冠王座奪取はおろか、GHCヘビー級王座を併せた2冠王君臨の可能性もある。そういえば、丸藤と言えば、史上初のNOAHのタイトル全獲得を達成はおろか、史上唯一の、3団体ジュニア王座獲得(※後述)をも達成している、いわばベルトコレクター。再び、その異名への機運は盛り上がってると言っていいだろう。

 今回の当欄は、そんな丸藤の、タイトル獲得歴に、大いに迫ってみたい。

「(丸藤選手は王者として)僕以上のものを見せてくれると思います」(高岩。2001年12月9日)


 先ず、丸藤がNOAHのタイトルで最初に獲得したのがGHCジュニア王座。2001年12月9日、有明コロシアムで高岩竜一をシューティングスタープレスで下し、第3代王者に。2000年5月の全日本プロレス東京ドーム大会以来の披露となる秘技での勝利であった。内容的にも、敗れた高岩が丸藤を肩車して讃える白熱の好勝負となり、冬は屋根のすき間から寒気が流れ込む同会場の観客も大いにヒート。メインでベイダー相手にGHCヘビー級王座を防衛した秋山に、「今日は(会場を盛り上げた)丸藤に感謝します」と言わしめたのだった。

 ところで、丸藤がプロレス人生で初めて獲得したタイトルは、これではない。2000年10月22日、当時のFMWが管理していたWEWタッグ王座を、本田多聞と獲得している。相手は、同じNOAHの、金丸&井上雅央。この2人は7月28日に、敵地、FMWで、邪道&外道から同王座を奪取。NOAHの旗揚げが同年の8月4日なので、何と旗揚げ前にNOAHにはタイトルがあったことになる。それも凄いが、丸藤が奪取した同試合は、『NOAHで行われた初のタイトルマッチ』(での勝利)という冠がついている。こちらもタイトルコレクターの丸藤にふさわしい栄冠だろう。

シューティングスタープレスの発案者、ライガーの目の前で……。


 次に丸藤が手中にしたのがGHCジュニアタッグ王座。2003年7月16日、同王座決定トーナメントの決勝を獣神サンダー・ライガー&村浜武洋と戦い、丸藤が村浜を下し初代王者に(パートナーはKENTA)。特筆すべきは、この試合がメインであったこと。NOAHの大会でジュニア勢がメインを張ることは珍しくないが、この日は他に、以下の試合が。「秋山準vs永田裕志」「GHCタッグ選手権:小橋&本田vs高山善廣&真壁伸也(刀義)」。このビッグマッチ2試合を差し置いてトリを務めたわけだから、丸藤、KENTAへの期待と信頼もわかろうもの。その試合で、ライガーの目の前でシューティング・スタープレスをフィニッシュに選んだ丸藤も、実に心にくかった。前述と合わせ、生涯3度目の同技の披露であった。

 さらに、2004年10月16日には、秋山から“白GHC”王座も獲得。15分1本勝負で、時間切れ引分けの場合、挑戦者の勝利となるルールだったが、丸藤が10分41秒、リングアウト勝ち。場外の花道で、選手を踏み台にしての不知火を炸裂させてのリング生還だった。しかも、踏み台にされたのが橋誠!案の定、敗戦後、橋に詰め寄る秋山だった……。なお、この試合で、丸藤は珍しくエクスプロイダーを披露。こちらもvs秋山仕様の披露だったのは言うまでもないだろう。

 2005年6月18日には、イギリスはモアカムで、GHCタッグ王座を初奪取(パートナーは鈴木みのる。スコーピオ&ダグ・ウィリアムス組から奪取)。海外での試合ということもあったのか、4人がスリーパーを下から上へ掛け合い数珠繋ぎになるシーンや、みのるがスコーピオに足4の字をかけると、丸藤は同選手に首4の字をかけるなど、見た目で面白さが伝わる攻防に特化していたのが印象的だった。

 そして2006年9月9日には、遂にGHCヘビー級王座を初戴冠。丸藤はこの日、両親や高校のレスリング部の恩師も会場に呼んでおり、「(生きてきた)26年間の中で、最高の1日」(丸藤)となった。また、試合後語った「どんなにいがみ合ってても、最後は握手で終われるスッキリとした試合を目指す」という王者像は、まさにNOAHのイズムにはピッタリ。また、丸藤はこれでNOAH内のタイトル、全制覇ともなった。さらには試合後、解説席にいた三沢と握手。いやがおうにも“師弟対決”への期待を膨らませた(同年12月に激突し、三沢が勝利)。

 因みに、この時の王者は秋山準。闘病中だった小橋が復帰するまでベルトを守ると宣言していた秋山だったが、まさかの敗戦。このことに水を向けられ、一言、「(小橋さん、)ゆっくり休んで下さい」と苦笑した秋山だった。

「四天王でもなく闘魂三銃士でもなく、俺たちが盛り上げる!」(丸藤。2010年1月4日)


 そして丸藤の航路は他団体まで拡大。2008年9月28日には、土方隆司から、全日本プロレスの至宝、世界ジュニア王座を奪取。自らがデビューした団体だけに喜びもひとしおの丸藤は、「この(ベルトの)汚さに味がある」と、ベルトに頬摺りするシーンも。王者としても、「(全日本の)誰とでもやるしかないでしょ」と覚悟を見せつつ、「最終的には、渕さんとやるしかないかも(笑)」とオチをつけた丸藤だった。

 2010年の1月4日には、4代目タイガーマスクから、こちらは新日本の至宝、IWGPジュニア王座を奪取。これで、NOAH、新日本、全日本の3大ジュニア王座を制覇した史上初の選手となったのだった。この日、試合前に、あるカードを報道陣に見せた丸藤。「“俺も”高校時代、通ってたんですよ」。それは、タイガーマスクも以前、その格闘家としての素地を吸収した「スーパータイガージム」の会員証であった。つまり、この試合は、兄弟弟子対決でもあったわけである。それを明示し、マスコミに記事を書きやすくしてくれる丸藤。改めて、彼のプロレス好きと、そのスマートさと気遣いに、頭が下がる思いだった。

 そう、上記の試合群を見てもわかるように、前後あわせて、必ずファンの心にフックするものを出してくるのが丸藤という男。その絶え間ないプロレス愛こそ、業界の宝だと言っていいのではないだろうか。

 GHC、三冠への連続挑戦はおろか、9月1日には、自らのデビュー20周年記念大会「飛翔」を両国国技館で行う丸藤。今年の丸藤の、業界全体を巻き込む躍動に、ぜひとも期待したい。「プロレス大賞」MVPも、そろそろ新日本以外から出てもいい頃だ。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 丸藤の動きはもう芸術作品みたいだからな。
    若いときの武藤に近いものがあるよ。

    新日のスター選手とならんでも、一段上の風格あるし。
    すごい選手だよ。

    ID:6875412 [通報]
    (2018/5/19 3:20)
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  • でも集客力がなぁ…

    天才天才っていうけど毎回試合してるノアは何でブレイクしないんだろうな…

    ID:5967454 [通報]
    (2018/6/16 9:17)
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  • すべてにジコチューで試合がクソつまらないから

    プロレスラーなんだから「嫌われキャラ」でも試合が面白ければ客はついていく
    気分が悪くなるほどのジコチューがキャラじゃ無くて本性だとバレバレなので純粋に嫌われている
    自称「箱船の天才」というキャラ設定だけど、ただの「接待試合の大根役者」

    G1の客を減らすという他のレスラーには出来ない大技を繰り出した「客逃がしの大天災」

    ID:163768 [通報]
    (2018/6/17 13:06)
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