2018/1/24 10:09

CMLL FANTASTICA MANIAは何に感謝を祈るのか【多重ロマンチック的ぼくらのプロレス】

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CMLL FANTASTICA MANIAは何に感謝を祈るのか【多重ロマンチック的ぼくらのプロレス】
4.8

年に一度。寒風とともにやってくる日本とメキシコのプロレスをつなげる一大イベント。CMLL FANTASTICA MANIA(以下ファンタスティカマニア)。

今年は本場ルチャ・リブレの観れるタイトルマッチのほか、ワンナイト兄弟タッグトーナメントも行われ、例年以上にお祭り騒ぎだったのではないだろうか。

後楽園ホール第一夜目の試合には「ブラック・キャット・メモリアル」という副題がついている。

祭りとは、クリスマスもたんじりも、ハロウィンも念仏踊りも盆踊りも、本来なんらかの神仏へ祈りを捧げ、感謝を告げる式典だ。ファンタスティカマニアにもそんな感謝を捧ぐ方がいる。それが、ブラックキャットさんだ。

2018年1月19日。今年もその日がやってきた。ファンタスティカマニアは日本とメキシコをつなげるルチャの祭典。覆面かぶってお祭り騒ぎ。指笛吹いて応援だ。もちろんもちろん大結構。だけども忘れちゃいけない人がいる。

今年もブラック・キャット・メモリアルセレモニーが開催!
 第2試合開始前、2006年1月に亡くなられたブラック・キャット(本名マル・ビクトル・マヌエル)さんの追悼セレモニーがリング上で行われた。

 キャットさんはメキシコ出身のルチャドールで、1977年にメキシコでデビュー。その後は主戦場を日本へ移し、1981年からは新日本プロレス所属になって、選手やレフェリーとして活躍した。

 セレモニーには小島&リー&スター&川人が参列し、幸枝夫人と長男のマル亨(あきら)さんに花束と新日本プロレスのジャージを贈呈。その後、幸枝さんがファンに向けて挨拶し、感謝の言葉を述べた。<新日本プロレス公式サイト
リングアナは声を上げる。「長年にわたる日本とメキシコの懸け橋となったブラックキャットさんの功績をたたえまして。花束とジャージのプレゼントがございます」

ファンタスティカマニア。この祭典で毎年毎年ジャージを渡される人がいる。選手ジャージを渡されるということは、新日本プロレスの一員だということだ。だけれど残念なことに、その人は12年間連続でジャージに袖を通していない。おそらく今後も、これからも。

代わりに夫人が選手ジャージを抱きかかえ、今年はこんなコメントを残すのだ。

「あの、今日もありがとうございます。また1年がたったと思うと、早いような長いようなという気がします。来年もこのようなメキシコ選手がたくさん来れるような試合ができるように、できるといいなと思ってます。今日も皆さんお集まりいただきまして。ありがとうございました」

2018年のメモリアルマッチに出た選手で、その先人に関わったのは、小島聡選手、そして内藤哲也選手までだろう。1981年から新日本プロレスにたったひとりで日本に参戦しし、晩年には棚橋&中邑コンビのマネジャーとして渡墨。2006年に旅立つまで日本とメキシコの文字通りの橋渡し役だったキャットさん。

冬の時代と言われた晩年は本当にいろいろなことが重なった。でもあの時のご苦労があって、華やかな今があるのだろうとも思う。ファンタスティカマニアの華々しさの横っちょに、ブラックキャットという笑顔の素敵な屈強すぎるメキシコ人がいたことを、ほんのちょっとでも思い浮かべてくれたら幸いだ。

キャットさん、あなたのいない12年間に、日本とメキシコはこんなにも近くなりましたよ。

【関連】
棚橋が故ブラックキャットさんに捧げる勝利 ルチャ版レジェンド対決に聖地が熱狂 - スポーツナビ
多重ロマンチック:ブラックキャットメモリアルの夜
ブラック・キャット (プロレスラー) - Wikipedia

この記事を書いたライター: 漁師JJ

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