2018/1/13 10:17

社長就任をリングで決めた天龍?! “帝王”らしさを見せた高山プロデュース! 小橋、武藤に、長州まで!「プロデュース興行」特集!

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社長就任をリングで決めた天龍?! “帝王”らしさを見せた高山プロデュース! 小橋、武藤に、長州まで!「プロデュース興行」特集!
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メインでは、長州、飯伏、伊橋剛太vs藤波、TAKAみちのく、関本が激突!(1月14日)


 長年、取材をしていると、“お蔵入りになったインタビュー”というものも当然存在する。そのうちの一つ、元新日本プロレス社長、サイモン猪木氏にインタビューした時のことだ。2006年5月から、一時的に存在した新日本のプランド「LOCK UP」の成立事情について、こう語ってくれた。

「それ以前に、長州さんには、新日本のマッチマイクをやってもらっていた。ところが、前年の11月より、新日本の親会社がユークスになった。そこで、長州さんのマッチメイク権がなくなることになった。『LOCK UP』はその長州さんの意向を残していこうというものだったんですね」

 1月14日、新日本を離れたその長州自身による、初のプロデュース興行「POWER HALL 2018」(後楽園ホール)が行われる。それ以外にも、11日(木)、武藤敬司のプロデュース興行「プロレスリング・マスターズ」(2月16日、後楽園ホール)で蝶野正洋がT2000の総監督として復帰することが発表。昨年以上に、プロデュース興行がたけなわとなって行く予感だ。

 今回の当欄は、この「プロデュース興行」を特集したい。

武道館2連戦では、ゴールドバーグの初来日も(全日本プロレス)


 プロデュース興行の歴史は古くないと言っていいと思う。馬場、猪木の二巨頭が全日本と新日本を統べていた時代は、早く言えば両団体が、馬場プロデュース、猪木プロデュースによるものであった。それが自在化したのは、やはり両巨頭が退いてから。中でも、大規模なスケールで行われたのが、2002年の8月30日、31日の全日本プロレス日本武道館大会2連戦。初日を武藤プロデュースの「楽(しく)の闘い」、2日目を天龍プロデュースの「激(しく)の闘い」とし、対決。実は武藤の全日本プロレス社長就任を天龍が容認するかというバックグウンドがあってのプロデュース対決だった。武藤は、武藤vs太陽ケアをメインに、天龍は天龍軍(天龍、嵐、北原光騎、折原昌夫、スティーブ・ウィリアムス)vs武藤(武藤、馳、新崎人生、カズ・ハヤシ、ジョージ・ハインズ)軍のイリミネーションマッチをメインに、それぞれ14800人と、主催者発表で同数の観客を動員。激しい闘いを標榜している天龍がゲーム性の高い形式のメインにしたのは意外だが、その辺りも実は天龍らしさ。最後は、天龍、ウィリアムスに2人がかりで攻められた武藤が孤軍奮闘も、惜敗。しかし、天龍はそれを経て、「全日本を背負っていく覚悟を感じたよ」と、武藤の社長就任を快諾。同年9月30日に、晴れて武藤の社長就任となったのだった。リング外の事由についてリング上で筋合いをつけるところは、いかにも天龍ならではだった。

第4回では、丸藤&初代タイガーマスクのタッグも(丸藤プロデュース興行)


 プロデュース興行への取り組みに熱心だったのは、文字通り、「自由と信念」を団体のキャッチフレーズとしたNOAH。各トップ選手によるそれはもちろん、2012年12月12日には、ラゾーナ川崎プラザソルにて、昼に井上雅央、夜に杉浦貴プロデュース興行を開催。杉浦側のメインが、杉浦vs金丸と激戦となった一方、雅央側のメインは、雅央&平柳組が、丸藤&KENTA組と60分3本勝負で激突。0-2のストレート負け。しかも丸KENは2年8ヶ月ぶりのタッグ結成だった。自らはあたかも脇役に徹するところは、いかにも雅央らしかった。とはいえ、新婚の小橋に「週何回ですか?」とトークショーで切り込む杉浦も、らしかったりして……。

 やっていくうちに妙な方向性を見出したのは、丸藤正道プロデュース興行。2009年1月の第1弾で、高山&田上組vs杉浦&KENTA組(後者が勝利)、第3弾では松永光弘引退試合(vs齋藤彰俊。2人は高校時代からの親友)など、心くすぐるカードを連発して来た丸藤だが、その第3弾(2009年12月)から、新日本プロレスのスーパー・ストロング・マシン率いるマシン軍団との抗争に突入。丸藤&青木組vsスーパー・ストロング・マシン&杉浦貴と思しき、スーパー“S”マシン組を手始めに、第4弾(2010年3月)には、マシン軍が、プラス、ダイナミック・マシン2号、ストロング・マシン・ジュニアに増殖!(相手は、秋山、雅央、小川良成)。白眉はフィニッシュ・シーン。2号が、高山善廣を思わせるエベレスト・ジャーマンで勝負を決めようとすると、本家のマシンが「違う!」と一言。すると、改めて2号が、「エベレスト・魔神風車固め」でフィニッシュ!マシンは2号を「あんた、誰?(田上)社長?」、ジュニアを「おまえ、誰?」と問い詰めたあと、「オレは平田じゃねーよ!」と自分にツッコミ。大歓声を浴びたのだった。

小橋引退試合を2列目で観ていた松本浩代も参戦!(「Fortune Dream」)


 その高山(?)も、2003年7月4日の新日本プロレス後楽園ホール大会で、自らのプロデュース大会を敢行。自身はメインで抗争中だった魔界倶楽部と激突したが、なんと1vs4のハンディキャップマッチ!(vs魔界1号、魔界2号、安田忠夫、魔界5号)さすがに最後は敗れたが、「ごちゃごちゃうるさいからまとめて倒す」(高山)という、いかにも“帝王”らしいマッチメイクだった。

 引退後のプロデュース興行「Fortune Dream」が人気なのは小橋建太。2014年6月に行われた第1回では、小橋vs長州のトーク・バトルこそ、「小橋の引退試合?観てない」(長州)というやりとりをはじめ、結局、互いが、こしあんより、つぶあん派だということのみが分かったという衝撃的な噛み合わなさだったが、試合では互いをぶつけ合う熱戦が続出。4回までのメインを並べてみると、「佐藤耕平&火野裕士vs関本大介&宮原健斗」「ジョー・ドーリング&鷹木信悟vs火野裕士&宮原健斗」「潮崎豪&岡林裕二vs関本大介&火野裕士」「関本大介&諏訪魔vs佐藤耕平&鷹木信悟」と、驚くほどのビッグカードというわけではない。しかし、着実な人気を呼んでいる理由は、現役時代の小橋への信頼がそのまま表れているのではないだろうか。それに応えるかのように、参加選手も熱闘続きの「Fortune Dream」。まさに小橋と選手とファンの幸せな関係をそこに観ることが出来よう。

 その小橋に先んじること6年前、自身のプロデュース興行「PREMIUM(プレミアム)」を始めた蝶野正洋は、その第1回大会(2008年5月5日)の挨拶で、こう述べている。

「各団体、各選手、ファン、お前らの持ってるエゴはいらない。レスラー、1人1人が闘いに専念出来る環境作りをする。それがプレミアム。団体、過去、そんなものは全て取り外してくれ!」

 2000年代、新日本プロレスの交渉役として奮闘して来た蝶野の思いと願いが込められてると言ったら言い過ぎだろうか。

 あれから10年、完全にボーダレス時代となったプロレス界に、各選手のプロデュース大会が、より自由な夢を見せることを願ってやまない。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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