2017/10/7 11:28

「X」を自己申告した永田!「X」を公募したあのお騒がせ団体!10月9日、IWGPジュニアタッグに挑戦する「X」とは!?「X」特集!

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「X」を自己申告した永田!「X」を公募したあのお騒がせ団体!10月9日、IWGPジュニアタッグに挑戦する「X」とは!?「X」特集!
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史上初!?「X」がいきなりタイトル挑戦!


 新日本プロレスの10・9両国国技館大会が近づいて来たが、一つだけ、未だに謎めいたカードがある。第3試合のIWGPジュニアタッグ選手権、王者、リコシェ&田口組に、挑戦するチームが、「X」2人となっているのだ。未定の選手に「X」とつけることは往々にしてあるが、それがいきなりメジャータイトルに挑戦というのは、筆者が知るには、日本では初めてなことではないだろうか?(タイトル戦発表の時点で「X」となっていた選手が、しばらくして明かされるケースはあるが。)今回は、日本のプロレス界における「X」について精査。並びに、同大会の「X」についても予測したい。

馬場のパートナー「X」に、ボブ・バックランド、ザ・グレート・カブキ案も。


 古くは、「ミスターX」という名覆面レスラーもいたし(正体はビル・ミラー)、異種格闘技戦を猪木と戦った「ミスターX」という格闘家もいた(これも、直前で中身が変わっていたというのが、半ば定説になっているが)。だが、謎の選手という意味での「X」という予告は、日本プロレス草創期からあったというわけではない。というのは、先にも書いたが、1970年代までにおいてはこういう場合は、普通に「未定」と書かれるためである。それが、「X」と、若干洒落た表記になったのは、やはり1980年代前半からか。1984年12月、長州力が率いたジャパン・プロレスの旗揚げ戦では、メインで「X」が長州と対戦。後に「怪覆面X」と名がついたが、試合の時点では「X」だったはず。誰か素顔の大物が来るのではないかと、噂されたものである(正体は渕正信)。先立つこと、2週間前開幕の全日本プロレス「世界最強タッグリーグ戦」開幕戦では、当日まで「X」とされていた馬場のパートナーがラッシャー木村と発覚。これなどは、十分、観客の期待に応えた「X」の正体だった。

某レスラー主催の16人制格闘技トーナメントで、「X」が8名以上いたことも。


 近年では、例えば新日本プロレス・東京ドーム大会(2016年1月)における矢野通のパートナー「X」が丸藤正道と明かされたり、「第6回スーパーJカップ」に参加の「X」がBUSHIと後日発表されたり、さまざまなケースがある「X」。今世紀に入ってのヒットは、ZERO-ONEの旗揚げ戦での橋本のパートナー「X」が永田裕志だったことか(橋本&永田vs三沢&秋山)。とはいえ、こちら、発表の時点では、本当に未定だったとか。それを報道陣から聞いた永田が、「橋本さんらしいな……」と笑いつつ、十数分後に報道陣のところに戻って来ると、「悪いけど、永田が『X』になりたがってると書いてくれないかな?」とおねだり。自らにとってもチャンスと感じての永田の善処。機を見るに敏な、こちらも永田らしかった。

 2000年6月にはFMWで「H(ハヤブサ)&ハヤブサvs冬木弘道&GOEMON」というカードが発表。表記の通り、Hはハヤブサなので(※武藤&ムタ組のようなもの)、現実的に不可能だったが、Hが、「大物X」の投入を予告。現れたのは、大物・天龍源一郎の兄というマスクマン「大ハヤブサ」。こちらも場内は大盛り上がりだった。後日、大ハヤブサと組んだマンモス佐々木が、天龍との一騎打ちをマイクで懇願。「天龍さん……あっ、お兄さん。シングル、お願いします!」とちょっとした失言。聞いた大ハヤブサが、あのダミ声で、「マンモス。弟に言っておくよ」と返す粋な場面もあった。

 ところで、今年の7月、武藤が主宰する「プロレスリング・マスターズ」の6人タッグで馳浩が11年ぶりに復帰したが、こちらも最初は「X」となっていた。「事情があって今公表できないだけ」と、武藤は、今考えれば、国政を匂わせたのだが、その属性を、「このXもですね、25年、30年前はまあまあ一線でがんばっていた選手で……」と紹介。30年前の7月はまだ日本デビューしておらず、しかも、「まあまあ一線」って……。とはいえ、武藤からすればかなりの選手がその程度に落ち着くのかも?!

 なお、この「X」を公募したのが2011年12月大会に向けてのIGF。鈴木秀樹、鈴川真一、澤田敦史、「X」による4人トーナメントに、当時の宮戸優光GMは「新日本、ノア、全日本の3団体から名乗りを上げてほしい。ファイトマネーもそれなりに用意する」と呼びかけ。結局、ミノワマンが澤田と戦ったが、当日にはトーナメント自体が消滅していたというIGFらしさを見せた。そういえば、IGFの旗揚げ戦は、当日までのカードの選手表記が、ほぼ全カードで、「COMING SOON!」となっており(2007年6月・公式HP)、「『COMING SOON!』という選手が何人かいるのでは?」と、いかにもネット時代らしいアイロニーも聞かれた。いずれにせよ、本当に決まっていないため、「X」にし、多大な期待を抱かせてしまう弊害もあるのは事実である。

「ROPPONGI 3K」の正体は?


 さて、新日本の両国大会の「X」だが、先のように、決まってないからとか、蓋を開けてみたらがっかりするということは考えられないだろう。なぜなら、いきなりのタイトル挑戦が決定しているのである。新日本側も、期待している2人ということになる。先月の神戸大会の、ロッキー・ロメロによる予告では、彼自身がプロデュースする、「ROPPONGI 3K」なるチームが挑戦とされているが……。

 このカードは、次期シリーズで行われる「スーパー・ジュニア・タッグトーナメント」も見越していると思われる。そう考えると、正体として有力なのは、この2年間、メキシコ→アメリカと、海外修行をして来た、田中翔、小松洋平の「テンプラボーイズ」(アメリカでのチーム名)か?

 ヤングライオンとしてお馴染みだった2人だが、その潜在能力はピカイチ。田中は、自身が憧れた棚橋同様のイケメン・イメージが先に立つが、よく見ると、左の大腿が、右より数センチ太い。これは、田中が学生時代専心して来たアマレスで左を軸に構えていたからで、そちらの実力も相当のもの。直前で相手側の不手際により中止になったが、アメリカで総合格闘技の試合に出場するというプランもあった。

 小松は、棚橋も認める腕の太さの持ち主で、昭和のヤングライオン同様、スクワット1000回などは序の口の練習の猛者。海外では、スリングブレイドも使っている。加えて、現在の新日本所属勢の中でも、極めて弁が立つタイプ。2015年の「BEST OF THE SUPER Jr.」の前には、「首を長くして待ってるよ。俺の名がリーグ戦出場者に連なることを!」 こちらは出場となり、同リーグ戦のマスカラ・ドラダ戦では、「僕の海外遠征への、査定試合ですね!」 聞いていて本当にそうかと思ったのだが、その後、特に海外遠征の話は上がらず。どうやら自分で言ってみただけだったようだ。努力家で、魅惑的なバリトン・ボイスをしていることもあるのか、少々のビッグマウスでも耳に心地よい。

 そんな小松が、2015年7月のインタビューで、こんな発言をしている。「(自分は)いい選手なんで、2年後に投資すると思って海外に行かせて下さい!」 今年はその2年後。果たして大舞台での帰国はなるのか?楽しみにしたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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