2017/7/21 19:25

デビュー戦で、いきなりジャンプアップ!? 石井に自分なりのリベンジ!新たなNOAH戦士・Hi69にフォーカス!

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デビュー戦で、いきなりジャンプアップ!? 石井に自分なりのリベンジ!新たなNOAH戦士・Hi69にフォーカス!
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「NOAH最高の存在になり得る」(NOAH・内田雅之会長)


 さる7月1日付けで、プロレスリングNOAHに、新たな仲間が加わった。KAIENTAI DOJOでデビューし、アパッチ、FREEDOMSと主に戦場を変えて来たHi69(ヒロキ)である。予感はあった。昨年暮れの鈴木軍の退陣により、一時的に多数のフリー選手が緑のマットに上がることになったが、年が明けると一転、NOAHは所属選手中心の陣容に。しかしそんな中、年頭の後楽園ホール大会2連戦(1月7日&9日)にフリーとして、唯一名を連ねたのがHi69だったのだ。

 現在は石森太二とのタッグ、「XX」でGHCJrタッグ王座も保持するHi69。パンクバンド「MOTHBALL」のMVに登場したり、2階席からのダイブを敢行するなど(3月12日・横浜)、NOAHでの存在感は盤石となりつつある。その道程を辿りたい。

一騎打ち後、獅龍のマスクを本人からも貰ったHi69


 もともとはTAKAみちのくがプエルトリコに設立したプロレスラー養成学校である、「KAIENTAI DOJO」(K-DOJO)の一期生であったHi69。最初のリングネームはHIROKIだったが、海外では発音しにくかったようで、うち、パンフにも「IROKI」と書かれてしまう。K-DOJOも、当時は暗中模索。Hi69も「昭和56年生まれ」を「昭和57年生まれ」に誤植された。リングネームは、うち、「HIROKIじゃ面白くないから」と、TAKAみちのくにHi69と変えられた。Hi69自身、デビュー戦に遅刻し、第1試合の予定が第4試合にアップしたとか。

 しかし、当時よりそのセンスは群を抜いており、足早にエース候補に。04年7月には、トーナメントを勝ち抜き、初代STRONGEST-K王者に。その場で対戦相手として、当時の全日本プロレス・世界ジュニア王者、カズ・ハヤシの名前を出した。ファン時代、カズが被った獅龍のマスクをプロレス・ショップで購入したほどの大ファンだったHi69。Wタイトル戦で一騎打ちは実現したが、惜敗した。すると、同団体は、「誰がカズからベルトを取り戻すか?」を中心に回るようになり、徐々にHi69は精彩をなくして行く。そして、06年4月、退団。リング上で挨拶はしなかった。なぜならその場がK-DOJOの4周年記念興行の場だったのだ。「水を差したくないと思った」(Hi69)。まだまだチャンスある、24歳時の決断。一騎打ちの際には、こんな言葉をカズから引き出していた。「TAKAより全然いい。ガッツがあって大好き。もう一度戦うというよりは、一緒に組んでみたい」

 だが、そのガッツが、仇ともなる瞬間が訪れる。

「背中に長いプレートが入って。合計8本のボルトが入って……」(金村)


 2006年10月11日。新日本プロレスの「LOCK UP大会」で、マンモス佐々木、黒田哲広をパートナーに、真壁、矢野、石井と対戦したHi69は、パワーボムを狙った石井にフランケンシュタイナーを敢行。だが、石井にパワーボムで返され、その場でレフェリーが試合をストップ。胸椎骨折と脱臼という重傷。2時間の手術の予定が、怪我の複雑さから、5時間を超えたという。

 当時の主戦場だったアパッチプロレス軍の仲間が、義援金を興すため、大会「Hi69 AID」を敢行(07年11月)。この日は月曜だったが、新木場1stリングに350人(超満員)の観客が集まった。主催者側は、石井に参戦を呼び掛ける。石井もこれに応じ、小幡優作と対戦。驚くべきことに、パワーボムで決めた。曰く、「怪我は試合だから仕方ない。俺が逆の立場になる可能性もあるからね。別に償おうなんて思わないね」主催者の金村キンタローも言った。「Hi69、復帰に1年以上はかかります。だけど、可哀そうだとか思わないで!いつだってそうなる可能性がある仕事だから。それでも、あいつは必ず、戻って来ますから!」

 3年後の、10年4月に復帰。「意図的に体重を落とした」というが、20㎏も痩せていた。翌月には、アパッチプロレス軍を継ぐFREEDOMSのリングで、早くも石井戦が組まれた。既に新日本の主力となっていた石井との差は、いかんともしがたいものがあったが、意地をは見せた。パワーボムをフランケンシュタイナーで切り返したのだ。「これで、背骨を折っていた自分とは、もう終わり」と、笑顔を見せたHi69だった。

「太二とは呼吸がバッチリ」(Hi69)


 現パートナーの石森とは、共通の知人がおり、15年来の仲。Dragondoorのエース候補とされながら、同団体の即時解散、次いでのElDoradoからも退団という経路を辿った石森を、こう語る。「なんか、似たものを感じるんですよね。若いことからエースを期待されてやって来て、でも思うように行かなかったという」(Hi69)

 実質的に、フリーである時期が長かったHi69。かつてのブログには、「プロレスラーは、プロレスをやって生活するべき」という趣旨の言葉もある。そのHi69のNOAHへの印象は?「いろんなところを巡業する団体ですし、これがプロレスの本来あるべき姿」(「週刊プロレス」17年2月1日号)

 そのセンスは高く評価されながら、紆余曲折のプロレス人生を辿ったHi69。真価発揮は、ここからだ。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • ノア見たけど、良かったよ。
    今の選手層がバランスがいいのかも。
    小柄ヘビーの中に中柄の潮崎谷口がいる感じがちょうどいい。

    Hi69選手も溶け込んでいい動きしてるから、素晴らしいね。

    ノアも新しい客層が来てて、新日みたいないい雰囲気でやってるよ。

    ID:4900146 [通報]
    (2017/8/28 1:14)
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