2017/4/29 10:45

えっ?〇〇と誕生日が10日違い? 早婚の理由も、強くなるため! 三冠戦線へカムバックか!?諏訪魔特集!

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えっ?〇〇と誕生日が10日違い? 早婚の理由も、強くなるため! 三冠戦線へカムバックか!?諏訪魔特集!
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1976年11月13日生まれの棚橋の、10日後に生まれた諏訪魔


先日、馳浩(衆議院議員)のFacebookに、ランニング中、偶然、棚橋弘至に会ったことが書いてあった。なんでも税理士事務所に奥さんと訪れる途中だったという棚橋。リング上では主要タイトルへの絡みがご無沙汰しているだけに、まだまだその健在ぶりを観たいファンは多いことだろう。

さて、その棚橋と、生年月日が僅か10日違いのレスラーがいるのをご存じだろうか。つまりは同い年(40歳)。その男が、今、不屈の闘志を見せている。それが、全日本プロレスの諏訪魔。4月16日、2年ぶりに参加する同団体の春の祭典「チャンピオン・カーニバル」開幕戦で石川修司に勝利。すると、過去5回も三冠王者に輝いた名士にも関わらず、殊勝にもこう語った。「自分がどこまで通用するか試してみたい」。諏訪魔は昨年1月、アキレス腱の断裂により、保持していた三冠王座を返上していた。一方で、5月28日の茅ヶ崎大会で対戦を要望している大仁田厚には、「雑音のない戦いが一番。大仁田の相手をしてるヒマなんかない」とバッサリ。

今回の当欄は、あくまで大仁田とのデスマッチを拒み、トップ戦線への復帰に燃える諏訪魔の、その深層にスポットをあててみた。

26歳の時には、子供もいた諏訪魔(プロ入り1年前)


諏訪魔がプロレス入りしたのは、04年の27歳と、かなり遅かった。付け人を務めた武藤には、よく「お前さあ、入って来るの遅すぎるよ」と言われ、さらに、こう言い足されたという。「俺が27の時、全米で幾ら儲けてたか知ってるか?」。

学生時代から、パワーは折り紙付きだった諏訪魔。高校時代にトライした砲丸投げの距離は、今でもトップの記録として残っている。そんな諏訪魔だが、最初に行っていたスポーツは柔道。中学2年から始め、高校時代も柔道部に。ところがその高校は、「アマレスの大会があった場合、柔道部から選手を出す」という妙な慣例があり、そのかどで出場すると、メキメキと実力が開花し、次第にアマレスに専心。中央大学時代は、卒業までの4年に必要な単位をほぼ獲りながら、自主的に1年留年。自身のアマレス部での戦績に、納得が行かなかったのだ。

最強を求める気持ちは、大手住宅機器メーカーのクリナップに就職しても変わらない。25歳の時、7年間交際した女性と結婚。クリナップのレスリング部の先輩である宮田和幸(後に「HERO'S」等で活躍。)に、こう言われたからだった。「家庭を持ってる奴は、強くなれる。守るべきものがあるから」。事実、その通りであり、アマレスでさらに上位に上がって行った諏訪魔。なぜ、これほどまでに、勝利を希求する気持ちが強かったのか?

「高校時代、激しいイジメがあった」と、諏訪魔は振り返る。

04年10月11日、太陽ケアの代打の、馳相手にプロデビュー


高校時代、柔道部でのイジメは凄まじく、「自殺していておかしくないくらい」、「悲惨な高校生ということでは全国でベスト4に入るんじゃないかと思ってましたから」(「プロレスNEW STYLE」宝島社より)。本人が詳しく語るのを遠慮するほどだったが、同時に、「目の前の危機や強敵から、決して逃げない」ことを学び、これが自身の信条になったという。

その姿勢は、たまたま合宿でコーチに訪れた馳浩に対しても変わらなかった。元プロレスラーがなんだとばかりに、技術のみならず、パワーでもガンガン圧倒する。手合わせを終えた馳は、こう言っていた。「お前、プロレスの方が、断然向いてるぞ」。馳と関わりのあった全日本プロレス、それも、80年代後半に鶴田と天龍が展開した、叩き潰すプロレスが大好きだった。こうして諏訪魔の、遅きプロレス入りと、相なったのである。

とはいえ、プロレスのデビュー戦の相手が、他でもない、諏訪魔をスカウトし、稽古をつけた馳浩。「張り手は耳には当てないこと。鼓膜が破れるから」と教えられたが、試合が開始すると、馳は、いきなり耳に張り手をし、関節技でじん帯を伸ばし、スープレックスは頭から落とした。プロの洗礼というやつだったが、最強を求める諏訪魔が、この世界に燃えないわけも無かった。

12年7月には、オカダとも対決


以降、武藤全日本プロレスのホープとして戦い続け、13年、武藤一派が退団した時も、自らは残った諏訪魔。「決して逃げない」信念が頭をもたげたのだった。10年、小島聡が、「左ひじ手術による長期欠場で会社に迷惑をかけたくない」なる理由で全日本を退団した時も、「全日本に申し訳なく思うなら、なぜ辞めるのか?本当に全日本を好きなら辞めないはずでは?」と、公然と疑義を唱えた。

10年8月、自身が尊敬する天龍源一郎と対談した時の言葉が印象に残る。「組み体操みたいなプロレスは、大嫌い!」。

全日本の新社長が秋山になる時、ひそかに喜んだ諏訪魔。やはり、武藤以前の全日本が好きだったのだ。(プラス、義理の父が大の秋山ファンだったこともあるようだが)

リングでの諏訪魔を思わせる、中央大学4年生時のアマレスでの試合がある。ライバルの専修大学勢との試合に勝った諏訪魔は、知らず知らずのうちに相手を踏みつけ、ガッツポーズ。雄たけびを上げていたのだ。

2月17日、大仁田に電流爆破マッチを要求され、こう答えた諏訪魔。「俺は全日本プロレス、そして俺自身に、電流爆破は必要ないと思っている」。茅ヶ崎での対戦についても、「デスマッチ系にはしない。体と体でぶつかり合うプロレスで決着をつける」とキッパリ。

現下のプロレスで、そう多くはない、“強さを感じさせるレスラー”である諏訪魔。彼と当たること自体がデスマッチになり得る、そんな強者だ。11年、「ALL TOGETHER」でタッグを組んだ棚橋と諏訪魔。まだまだ老け込む年ではない。08年には、自らが指導する「横浜デビルズJr.レスリングクラブ」を持った諏訪魔。名称に「魔」を活かした同クラブのモットーは、「勝つまでは絶対辞めるな」である。

先ずは春の祭典での諏訪魔の躍進に期待したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 諏訪魔はなぁ、大仁田はまだしもIGFと絡んだ時に腰抜けってイメージがついてしまった。
    新日と絡んだ時、スーツ組にクレーム受けてるし純粋なプロレスっていう部分ではあまり上手くないのかも。
    ジュニアが無理やりヘビー宣言して急に強くなる謎の団体ノアからすると喉から手が出るほど欲しい人材なんだろうが。

    ID:3573870 [通報]
    (2017/4/29 21:41)
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  • 単純にいいレスラーなんだろうな…とは思うけど団体の顔となるにはあまりにも「華」が無いし、リングネームや髪型とかセンスの欠片も無い。レスラーとしてもっとイイ活かし方があると思うだけに勿体無い。

    ID:714644 [通報]
    (2017/4/30 7:45)
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  • 相手に恵まれなかった感じ。柴田みたいのがいたらもう少し上に行けたんだろうけど 森嶋より上で真壁よりしたって感じ 主観的だけど

    ID:2103858 [通報]
    (2017/4/30 16:39)
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  • チャンカンの石川戦で諏訪魔ってやっぱ化けもんだなって思った。強さに幻想が持てるプロレスラー。
    こういうレスラーがもっと必要だと思う。

    ID:2652 [通報]
    (2017/5/1 4:11)
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  • 大きくて強いけど、ちょっとダサくて憎めない。ジャイアンみたいな印象があります。宮原など、下世代の大きな大きな壁として君臨してほしい。まだまだ老け込むな!

    ID:717159 [通報]
    (2017/5/8 6:47)
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