2017/3/4 12:27

中邑が被災地へエール!矢野を騙したチビっ子ファン!開催間近、「NEW JAPAN CUP」特集!

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中邑が被災地へエール!矢野を騙したチビっ子ファン!開催間近、「NEW JAPAN CUP」特集!
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今年は16選手参加によるトーナメント!


2月28日、「NEW JAPAN CUP」の組み合わせが発表となった。05年より始まった、今ではすっかりお馴染みの新日本プロレスの「春の祭典」。だが、始まった当初は紆余曲折。もともとトーナメントであるため、カードが事前にわからず、営業活動には不向き、毎回試合を組めるリーグ戦と違い、シリーズのスパンで盛り上げることへの疑問、等々、さまざまな問題を抱えていた。事実、第4回(08年)終了時には、「ワンナイト・トーナメントにしたらどうか?」、「後楽園ホール2連戦で開催してみては?」などの意見がフロントからも出たという。

そんな「NEW JAPAN CUP」も、今年で13回目。長く続いて来た要因は、数々の激闘にあることに他ならない。今回の当欄は、同大会の歴史や名場面を振り返りたい。

G1より、参加にあたっての間口が広いのも特徴


そもそも、最初(05年)は、「無差別級トーナメント」というのが売りだった「NEW JAPAN CUP」。なので、ライガーや金本浩二らのジュニア勢も参戦。第4回(08年)には、棚橋弘至vs田口隆祐の、「セクシーvsファンキー」対決も。この際、棚橋が残した「酒池肉林の闘いになるかも」というコメントは、当時、スマッシュ・ヒットした迷言。とはいえ、試合は至って真面目なものとなっていたが。

トーナメントならではの1発勝負のため、勝利がそのまま選手のブレイクに直結しがちなことにも注目したい。12年に中邑真輔に勝利したカール・アンダーソンは、この年の「G1」で準優勝。13年に小島聡に勝利した石井智宏は、この年の「G1」に初出場し、棚橋から大金星を挙げている。それぞれの勝利の弁は、「ナカムラシンスケ、アリガトウゴザイマス」、「勢いとか書くなよ。これが俺の実力。客のために戦ってないから」であった。

また、同じく1発勝負ゆえ、トーナメントの妙で同門対決が実現した際、エール交換が行われるところも、最終戦まで大勢がわからないリーグ戦とは違った趣だろう。07年、同じG.B.Hの真壁刀義に負けた天山広吉は、「優勝しなかったら、絶対に許さへんぞ!」と熱いマイク(※真壁は準優勝)。08年、ジャイアント・バーナードは決勝で棚橋に敗退。優勝者は当時、IWGP王者であった中邑に挑戦出来る運びだったため、「シングルのベルトが欲しかった。それも、パートナーである中邑(※当時、2人はよくタッグを組んでいた)が巻いてる時じゃないと、俺には意味がなかった。フレンド・シンスケ……防衛しろよ」とコメント。善悪の単純な二元論に陥らない、深みのあるスタンスは、日本を主戦場としたバーナードならではだった。

「歩き続ければ、明日は必ず来る」とも。(中邑・11年)


毎年、3月~4月に行われる同大会だが、時期的な影響を受ける場合も。13年の大会中は、当時の全日本プロレスの新オーナー、白石伸生氏が、永田裕志へ大枚での“引き抜き”を明言。これに対し永田は、「金撒いたからってリングは簡単に活性化しない。俺は金では動かない!」ときっぱり。11年の大会中には、まさに東日本大震災が直撃。準決勝で敗退した真壁は、「東北の連中よ、一緒に這い上がろうぜ。マイナスからのスタート? 俺も一緒だ。負けることを考えたって、何も始まらないぜ」と、らしいエール。また、決勝で敗退した中邑は、「何度も何度も立ち上がる。それがプロレス。それが俺たち、日本人でしょ?」と、クールかつ、まとまったコメント。こちらはこちらで、実に中邑らしかった。

08年には、当時、元所属のG.B.H勢と抗争していた天山を救出に、飯塚高史が現れ、2人はシリーズ中、熱い友情をはぐくみ、果てはタッグ結成。しかし、次のシリーズで裏切られる。要するに飯塚はスパイであり、以降、現在に繋がる極悪ヒールとなって行ったのだった。そして、そう考えると、短い“友情タッグ”を組んでいた時の、天山の飯塚評、「俺よりキャリアが長いのに、一生懸命でひたむきで。ただ、見ていて真面目過ぎるのはどうかと思う」(08年3月23日、尼崎大会)が、非常にむなしかったりする。(どちらかというと、天山のいい人ぶりが際立ってたりして……。)

また、必ずしも時期ものではないが、16年の大会(3月4日・後楽園ホール)で、矢野通は前年10月に発売になった、自らのDVDを手に退場。すると、チビッ子ファンが黒いケースのDVDを持っており、それを矢野に差し出した。矢野はそのDVDと自らのDVDを交換。心温まる光景だった。

が、階下のコメントルームまで来て矢野はビックリ。なんと、チビッ子のDVDの中身は空だったのだ! 矢野も、「アイツ、将来、CHAOS入りだな……」とうめくしかなかった……。

「俺の決定に文句は言わせない。言った奴はこうだ。……イヤァオ!」(13年優勝の中邑)


そしてやはり、同大会の最大の注目は、優勝者が、新日本のシングル・タイトルを選び、それに挑戦出来ることだろう。12年の大会では、優勝者・棚橋が、IWGP王者、オカダ・カズチカに、「愛とカネじゃ、愛が勝つんだよ!」、13年優勝の中邑は、「(どのベルトに挑戦するか、)答えはこうだ。愛してま~す!」と、インターコンチ王者・棚橋への挑戦を表明。今年は誰が優勝し、そして、どのベルトにどんなアピールをするか、目が離せない。

なお、現在、インターコンチ王者であることから、内藤のトーナメント参加は見送られたが、ご存知の通り、本人は参加を熱望。大会をかき回すことも予想される。実は内藤こそ、昨年、優勝するまで、この大会で悔しい思いをして来たひとり。29歳だった12年の大会では、自らの夢であった「20代でのIWGPヘビー級王者」を果たすため、1回戦で小島聡を撃破。しかし、2回戦で棚橋に完敗。だが、先輩の2人とも、内藤にこんな風に言った。「20代でどうとか、そんなつまんねーこだわり、捨てちまえよ。プロレスラーにとって、年齢なんて関係ないんだよ」(小島)、「オカダもいいチャンピオンだけど、俺は内藤の方を評価してるよ」(棚橋)。

内藤の大会への参加希望は、盛り上げたい気持ちの表徴と考える。こちらの動向にも、ぜひ注目したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 本間の怪我で代打が誰なのか気になる。内藤に出て欲しいな。仲良しだった本間の代わりに大会を盛り上げて欲しい

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    (2017/3/4 16:15)
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