2016/12/29 11:09

えっ?あの前田を待ち伏せに、鈴木みのるも挑発!? 大勝負に挑む、坂田亘特集!

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えっ?あの前田を待ち伏せに、鈴木みのるも挑発!? 大勝負に挑む、坂田亘特集!
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大晦日、さいたまスーパーアリーナで大勝負!


約1か月前の11月28日、都内のホテルにて、高田延彦、坂田亘、そして、タレントの小池栄子が同席した。その光景に、8年前の出来事を思い出した関係者は、少なくなかったに違いない。08年の7月24日、坂田と小池は結婚披露宴を挙行。(入籍自体は前年8月)その際、仲人を務めたのが、高田延彦、向井亜紀夫妻だったのである。

そこから8年ぶりの同席は、他でもない。大晦日の総合格闘技イベント「RIZIN」への、坂田の出場会見であった。相手は“野生のカリスマ”、桜井“マッハ”速人。だが、坂田自身の総合格闘技リングへの復帰が13年ぶりであること、また、会見に小池が同席し、今回の出場も「最後に試合をするならば、最高峰の舞台で見せてほしい]と、小池が懇願したものであったことにより、さまざまな疑義が呈されている。

決戦まであと数日。今一度、総合格闘家としての坂田亘を振り返りたい。

橋本の墓前に、夫妻で結婚を報告しに行ったことも


坂田は73年、愛知県生まれの現在43歳。幼い頃、初代タイガーマスクに憧れ、中学では器械体操部に所属。町道場で空手もたしなんでいた。86年、前田日明vsドン・中矢・ニールセンに感化され、本格的にプロレスにのめり込み始める。そして、91年12月7日の長井満也vsジェラルド・ゴルドーを見て、リングス入りを決意。上京し、アニマル浜口ジムに入門。93年、晴れてのリングス入りを果たしたのだった。各媒体では、“世界のTK”、高阪剛と同期と言われているが、実は数ヵ月ほど坂田の入門が早く、その間、前田日明の付け人を務めたことも。

01年にリングス退団以降は、DEEPなどに上がりつつ、徐々にZERO-ONEを主戦場に。これは橋本真也の切望があったためで、口説き文句は、「俺に命を預けてくれないか?」。坂田自身も、どこか昭和の匂いを残す男であり、これに感激。後にハッスルを主戦場としたのも、この繋がりである。橋本とは昵懇そのもので、03年12月31日のダニエル・グレイシー戦(PRIDE)では橋本の入場テーマ「爆勝宣言」を前奏にした曲で入場。付き合いも家族ぐるみで、焼肉など、頻繁に食べに行ったそう。もちろん橋本大地にもその時に会っており、「ここの肉は霜が降りすぎてて……」と愚痴る大地を、橋本が叱るシーンなどを、なぜか強烈に記憶してるとか。

また、よく知られるように、ZERO-ONEでの坂田に一目惚れした小池栄子との仲を取りもったのも橋本。その際、「お前、胸の感触、後で教えろよ」と言われたが、橋本にとって幸か不幸か、結局、教えずじまいだったそうだ……。

マリオ・スペーヒーにはフルラウンドで判定負け。(02年8月8日)


さて、総合格闘家としての坂田だが、戦績は11勝13敗。坂田は立って良し寝て良しのオールラウンドプレーヤーだが、勝つ時はKOか1本(6試合)、負ける時は判定が多いのが特徴だ(6試合)。前者については、当時の坂田が慣れていたリングスのKOKルールが、DEEPやPRIDEルールより更にスピーディーな極め合いを重視したものであったことと無縁ではあるまい。

後者の負け方については、坂田の関係者評と通じるところがあろう。それは、坂田が大変、「ハートの強い人間」であるということ。そもそも、坂田はリングスの入門試験に一度落ちているのだが、結果に納得がいかず、なんとあの前田日明を駐車場で何度も待ち伏せ。行き先を通せんぼし(あの前田に対して!)、直談判し、再試験を認めさせた。これだけでも普通の神経の持ち主でないことがわかるが、この手の逸話には枚挙に暇がない。体操部時代、バク宙に失敗し両足を骨折するも、「車椅子はカッコ悪いので」(坂田)、松葉杖で強引に登校したエピソード。中学時代の後輩に因縁をつけられ返り討ちにすると、その筋の兄貴分が出て来たが、それを一喝してすごすごと引き上げさせたことも。パンクラスの窪田幸生を一蹴した際は、その兄貴分の鈴木みのるに、「大将、出てこいよ。引導を渡してやるから」と挑発(01年12月23日)。先述のダニエル・グレイシー戦では、腕ひしぎ十字固めで負けたのだが、極められてから25秒以上耐えてみせ、場内を大きくどよめかせた。

文字通りのハートの強さだった。だが、その際の気になるコメントもある。「久々だったので、勘が戻せなかった」。実は坂田はこのダニエル戦自体が、約1年4か月ぶりの総合格闘技リングだったのだ。

「これじゃあタレントプロレスじゃないですか?」(マッハ速人・11月28日・会見)


そして、ダニエル戦を最後に、総合格闘技から約13年も遠ざかっている坂田。不利は否めない。また、気になるのが、ダ二エル戦についての、以下のような述懐だ。「やりたくねえなって思ったよ。会場見渡すと、点みたいに“彼女”だけが見えて、いろいろ変なことを考えた。俺の顔がボコボコになるのを見たいヤツもいるだろうし」(「週刊プレイボーイ」04年5月4日号)。これこそ男としての本音ではなかったろうか。

当日、妻、小池栄子は、テレビ解説につくことを明言している、それをプレッシャーではなく、逆手にとり、力に変えられるか。この13年間の生き様すら問われる一戦。心して待ちたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 戦績は11勝13負
    勝つ時はKOか1本(6試合)、負ける時は判定が多いのが特徴だ(6試合)。とあります。

    じゃあ、判定勝(5試合)、KOか1本負(7試合)だったのかな?と思えてしまいます。

    Wikipedia記載情報が正しいのであれば、
    11勝(T)KO3、1本6、判定1、その他1
    13負(T)KO1、1本4、判定6、その他2

    リングス時代はリアルタイムで見てたので、しょっぱいイメージが強い選手。
    総合時代の印象が余り無いのですが、記載内容から疑問を持ち、調べに行ってしまいました。

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    (2016/12/31 1:37)
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