2016/8/6 11:46

橋本真也への空手への恋!空手道場を捨ててリングに向かった小笠原!五輪正式種目記念!空手を愛した2人の男!

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橋本真也への空手への恋!空手道場を捨ててリングに向かった小笠原!五輪正式種目記念!空手を愛した2人の男!
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■「夢の舞台。凄く幸せ」(男子組手・日本代表、荒賀龍太郎選手)
さる8月4日、「空手」が2020年の東京五輪で、正式種目となることが発表された。100年以上のオリンピックの歴史の中で、初の採用となる。その勇猛な戦いぶりが、それこそ世界的な注目を浴びるに違いない。

さて、プロレス界一の空手好きと言えば、故・橋本真也だろう。あるパーティーで、歓談者の中に、橋本の姿が見当たらなかったことがあった。なんのことはない、その時、ステージ上で行われていた、空手家による氷柱割りを、1人、かぶりつきで観ていたのだ。終わった瞬間、一生懸命になって拍手していたのを覚えている。

その橋本が、憧れの存在と言っていい、極真空手の全日本大会の準優勝者を相手にしたことがあった。それも、両国国技館大会のセミファイナルで。相手は、輝かしい実績から、極真空手道場の責任者まで務めた男。その名を小笠原和彦と言った。

■「木刀を持った相手には、スライディングキックを一撃でしたね」(小笠原)
小笠原が空手を始めたのは、高校生の時。通信教育で始めたが、もって生まれたその学力と合わせ、飛躍的な上達を遂げた。高校時代の3年間は、国語、古文、英語の3教科が、全てオール10。「中国の三国志とか、拳法とか武道に繋がる学問だと思ってたんですよね(苦笑)」と照れ笑い。東海大学文学部史学科に推薦入学以降、1日8時間を、ただ、空手の“自主トレ”に費やした。つまり、「道場破り」。

武道専攻の学生に他流試合を申し込み、連戦連勝。空手部の主将はハイキックでKO。1980年、初エントリーの極真全日本選手権1回戦では、僅か6秒でKO勝ち。フィニッシュは鮮やかに過ぎる上段回し蹴りだった。そして前述の全日本大会準優勝。ついた異名はカッコ良く、「足技の魔術師」だ。1985年には、極真道場の責任者にも就任。指導者として、多数の後進たちを育て上げた。だが、2002年1月、小笠原は、極真道場を預かる身として、してはならないミスを犯す。プロレスラーに、喧嘩を売ったのだ。

「なんだ、お前のその蹴りは!ハエがとまるような蹴りだな!」そう言って、ZERO-ONEのエースだった橋本真也を、後楽園ホールの客席から襲った。事態を重く見た極真会館は、約1週間後、彼を破門措置とした。小笠原は橋本との対戦を訴える。周囲は冷たかった。「結局、金儲けだろう?」「売名行為じゃないか?」だが、それをそのまま受け取れない。破門された時点で、小笠原はプロデビューさえしておらず、年齢も、既に42を数えてたのだ。ただ、対プロレスに挑むにあたっての、こんなコメントが残っている。

「道場を経営していた17年間、楽しいことなんて一つもなかった。ただ、自分は空手で戦っている時、その瞬間だけが楽しくて、嬉しくて……」(小笠原)

■母子家庭で育ち、高校時にはその母も亡くした橋本。
「橋本さん!」

氷柱割りに一生懸命になって拍手を送っていた橋本は、記者からそう呼びかけられると、恥ずかしそうに、頭を掻いた。

「へへっ、今はレスラーだけど、俺、本当は、空手家になりたくてね……。いやぁ~、空手って、本当に凄いね、感動するよ……」
「なれたでしょう、橋本さんなら」
「いやいや(苦笑)」

記者の本音を押し戻して、橋本は、少し小さくなりながら、言った。

「ウチはなにせ、貧乏でなあ……。先ず稼ぐためには、プロレスしかなかったんだよ……」

■最後は、互いに礼で終えた2人
「よーし、来い!小笠原!」
「おう、橋本!」

2002年7月7日、両国のリングで対峙した2人。極真の破門から半年、プロとして幾つもの試合を経て橋本戦に辿りついた小笠原だが、体格差は歴然。ケサ斬りチョップなど、橋本の圧力に押される。しかし、気合で正面突破。正拳突き、ローキック、そして左右のハイで橋本からダウンを奪う。その空手を、かわさず、全て受ける橋本にも思いが透ける。後半、スタミナが減り、橋本の膝蹴りで体が宙に浮き、DDTで転がされ、重爆ドロップキックで昏倒する小笠原。だが、決して後ろは見せず、立ち上がり続けた。

「小笠原…」
「小笠原!」
「オガサワラッ!オガサワラッ!」

いつの間にか「オガサワラコール」が自然発生していた。試合は、橋本の三角締めで終了したが、小笠原は最後までギブアップの声を発さず、レフェリーストップ裁定となった。

「スッキリしました!負けたけど、精一杯やりましたから!」と、試合後、語る小笠原。道場で教えていた17年間には、ひょっとしたら見られなかったかも知れない笑顔が、そこにはあった。後に小笠原は当時を振り返り、こう語っている。

「結局、橋本さんじゃなければ、俺も戦いを挑まなかったんじゃないかな?邪心や悪意を寄せ付けない、全てが大きい人でしたよ」

小笠原は、この年の「プロレス大賞・新人賞」を、史上最年長(当時43歳)で受賞する。その戦う姿勢が評価されてのものであることは、言うまでもないだろう。

2020年、空手を武器に、世界を舞台に戦える戦士たちに、心からのエールを送りたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 記事とは関係ありませんが、この方が書くコラムは何故か一心不乱に読み耽ってしまいます。(誰かさんとはエライ違い)

    ID:218404 [通報]
    (2016/8/6 16:46)
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  • ライターの人、空手界の事知ってて記事書いてる?
    知ってる上で全部飲み込んで書いてるのなら「オツカレサマ」だけど、極真は空手(協会)とは何もかも違うからね。
    そして「勝ち負けの基準」で言えば、協会の(所謂、寸止めルールでの)組手試合なんて見れたもんじゃ無いですよ。
    形試合もね・・外人はデタラメだから。
    国際化も必要ないし、五輪なんて愚の骨頂なだけですよ。
    金が欲しいだけの連中とは「武道」は語れませんよ。

    ID:163768 [通報]
    (2016/8/12 20:38)
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  • これコラムは橋本真也と小笠原和彦の戦いに至るまでのストーリーであり、空手がどーのこーの論じてる文ではないわけよ。
    純粋な戦いを求めた、2人の物語。良いなぁ〜と。

    ID:505009 [通報]
    (2016/8/14 1:23)
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  • 私の学校では、小笠原凱君という子がいて、その子は、空手を習っています。なぜ、空手を習い始めたか聞くと、「お父さんがやっていたから」といって、ビックリしました。

    ID:3301921 [通報]
    (2017/3/20 19:22)
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  • 私は空手を習っています。でも、いつもやる気が出づにすぐ空手をやめたいと思ってしまいます↓↓↓けど、この記事を見て自分の気持ちは変わった気がします↑↑↑なので、これからも空手を頑張っていきたいです\„>ω<„/

    ID:3301921 [通報]
    (2017/3/20 19:33)
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