2016/3/4 20:28

1999年11月横浜、江崎英治と本田雅史のレスラー人生交差点、遂に重なる…【ぼくらのプロレス物語】

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1999年11月横浜、江崎英治と本田雅史のレスラー人生交差点、遂に重なる…【ぼくらのプロレス物語】
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江崎英治と本田雅史は熊本学院大学で出会い、学生プロレスで意気投合し、1991年に共に大学を中退してまで上京し、FMWでプロレスラーとなった戦友だ。

だが、プロレスラーになってからの二人の人生は別々の道を歩むことになる。
新人時代は前座で試合をしていた江崎と本田。

その後、鍛え抜かれた肉体と玄人好みの上手さを誇る本田はミスター雁之助と改名し、大仁田厚のパートナーとしてメイン戦線のデスマッチに参入していった。
一方の江崎は持ち前の運動神経と空中殺法を生かした試合で注目されるも、試合は前座に甘んじた。

1993年9月、江崎はメキシコ遠征に旅立ち、ハヤブサというマスクマンに変身する。
1994年4月の新日本プロレス主催のジュニアオールスター戦「第一回スーパーJカップ」にハヤブサとして出場し、ファン・関係者・マスコミから絶賛され、プロレス界の"金の卵"として注目されるようになった。

1995年5月、ハヤブサがFMWに凱旋帰国した時には雁之助はいなかった。
直前にターザン後藤、フライングキッド市原と共にFMWを離脱したのだ。
二人のレスラー人生はまたしても分かれた。

ハヤブサは大仁田一時引退後のFMWのエースとして奮闘した。
一方の雁之助は真FMWのメンバーとしてIWA JAPANやWARに参戦し、キャリアを積んだ。

そんな二人のレスラー人生がようやく交わった。

真FMWを離れた雁之助はハヤブサのいる古巣FMWに外敵として参戦したのだ。
雁之助はハヤブサに呼びかけた第一声は「英治!」だった。

ハヤブサは単純に親友が帰ってきたことを喜んでいた。
だが、プロレスの神様はそう簡単に二人を仲直りさせなかった。

雁之助をFMWの仲間にしたいハヤブサ。
だが、田中将斗や中川浩二は「一度団体を辞めた男を仲間にするのか!」と反対する。
一方の雁之助は金髪に染め、まるで"金狼"上田馬之助のような風貌になり、悪の限りを尽くす。
そのターゲットはハヤブサだった。
それでもハヤブサは雁之助を信じようとした。

「俺と二人でみんなに頭を下げてもう一度やり直そう、わかってくれ…」

ハヤブサは泣いていた。
その涙は素顔の江崎英治が流した滴だった。

雁之助はヒールとしてハヤブサの要求など飲まなかった。
それが男の生き様だった。

雁之助はFMW二冠王者となり、実力を証明した。

1998年4月の横浜文化体育館でのビッグマッチ。
この日はCS放送「ディレクTV」でのPPVイベント第一弾という記念すべき大会。
そのメインイベントに選ばれたのが雁之助とハヤブサのFMW二冠戦だった。

ライバルとして数々の激闘を繰り広げてきたハヤブサと雁之助。
この二人にとって大きな転機となったのが1999年。

ハヤブサが団体側の意向により、マスクを脱ぎ、素顔のH(エイチ)に戻り、雁之助が二代目ハヤブサに変身した。

だが、雁之助はハヤブサになるによって不死鳥というキャラクターと自我に苦しむ。
そもそもハヤブサへのおちょくりのために変身した雁之助。
しかし、ハヤブサとして試合をし続けていくにつれて、「自分が何なのか?」がわからなくなっていった。

ある日、リング上で我を見失い暴走した私服姿の二代目ハヤブサはこう叫んでいた.

「H!何がHだ! 何がハヤブサだ! 俺は誰だ!? 俺は誰なんだよ!」

するとファンからは「雁之助」との声がかかっていた。

1999年11月23日、横浜アリーナ。
エンターテイメントプロレスへと生まれ変わったFMW最大のビッグマッチのメインイベントはHと二代目ハヤブサだった。

試合中盤になると、二代目ハヤブサはマスクを脱いだ。
そこにはミスター雁之助、いや本田雅史がいた。
向かい合うのは素顔のハヤブサであるH、いや江崎英治。

二人は魂を交換するようにビンタを打ち合っていた…。

互いに持てるものを全部ぶつけ合ったうえで、最後は江崎がハヤブサの必殺技であるフェニックス・スプラッシュで本田を破った。
二人は試合後、レフェリーのショーン・マイケルズの仲介を経て、握手をした。

本田はマイクで江崎に語りかける。

「英治、俺は弁解しないぞ!」

そんな本田に江崎は…。

「本田、もういいじゃないか…」

二人は泣いていた。
頭を下げる本田を江崎は包み込むように抱きしめていた。

感動するファンと関係者の前に江崎は最後にこう叫んだ。

「みんなも俺達と一緒に歩いてくれ!」

江崎のマイクが終わると、本田が歩むより、リング上で倒れ込むように抱き合っていた。

二人のレスラー人生はようやくこの日、重なった…。

この記事を書いたライター: ジャスト日本

コメント

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  • ハヤブサが死んじまったぞチクショウ…

    ID:351839 [通報]
    (2016/3/4 23:31)
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  • まさか不死鳥が…。

    ご冥福をお祈りします。

    ID:650961 [通報]
    (2016/3/4 23:58)
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  • あの怪我を克服して復帰めざしてたのに残念。

    よく、丸藤がもう少し大きかったらすごいレスラーだったって言う人いるけど、
    それがハヤブサ選手だったと思います。

    ID:502257 [通報]
    (2016/3/5 0:34)
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  • 丸藤ごときとハヤブサを比べるな。ハヤブサはファンからの人望、華、マイクパフォーマンス、度胸、ファンサービス…正に天才、ある意味革命児だった。残念でならない、ご冥福を御祈りします。素晴らしい生きざま、感動を有難う。

    ID:126731 [通報]
    (2016/3/5 1:25)
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  • もう少し大きかったら、背が高かったらとかいうのは本人にものすごく失礼なことだといい加減気付こう。
    そのレスラーは唯一無二なんだから。

    ID:2652 [通報]
    (2016/3/5 10:26)
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  • 不死鳥が…早すぎます。言葉がうまく出てこない…心よりご冥福をお祈りします。

    ID:5984 [通報]
    (2016/3/5 11:52)
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  • すごいすごいって言うけど、そんなでもないでしょ。
    大仁田とかと比べたらすごいけど。

    ご冥福をお祈りいたします。

    ID:502257 [通報]
    (2016/3/6 0:05)
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  • Jcupのライガー戦は沢山の人々に新時代ジュニアを印象付けたと思います。そしてヘビーに転身しても空中殺法の質は落ちなかった、逸材であり天才プロレスラーだったと思います。

    合掌

    ID:72760 [通報]
    (2016/3/6 0:48)
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  • ホントにびっくりしたしショックでした。Jカップを見て、ライガーさんの大ファンだった僕を引き付けたのがハヤブサさんでした。新生fmwになってからは何度も試合を見に行きましたし、マスクにサインもしていただきました。残念です。ご冥福をお祈り申しあげます。
    ただ、これだけは言いたい!Oに関わった人がどんどん鬼籍に入ってる。
    もう、Oは見たくない。

    ID:670500 [通報]
    (2016/3/11 21:16)
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