2016/3/6 8:31

2010年3月の内藤哲也~まるで1990年代の武藤敬司!? 赤い彗星、新風を吹き込む!~【ぼくらのプロレス物語】

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2010年3月の内藤哲也~まるで1990年代の武藤敬司!? 赤い彗星、新風を吹き込む!~【ぼくらのプロレス物語】
4.6

今や"制御不能男"として新日本プロレスで異彩を放つ内藤哲也。

彼が新日本プロレスのメインストリームで注目を浴びたのが2010年3月の「NEW JAPAN CUP」(NJC)だった。

この年のNJCの優勝者には当時IWGPヘビー級王者だった中邑真輔への挑戦権が与えられることになっていた。

注目レスラーは同年1月にメキシコから凱旋帰国し、いきなりIWGPタッグ王者となった高橋裕二郎と内藤哲也のNO LIMITの二人だった。

2010年3月14日後楽園ホールで開催されたNJC一回戦で波乱が起こった。
優勝候補の一人の永田裕志が高橋裕二郎に反則絡みの攻撃を受けて敗れたのだ。
裕二郎は内容はともかく結果だけは残して見せた。

一方の内藤は一回戦でカール・アンダーソンと対戦した。
実は内藤にとってアンダーソンとはメキシコ時代に映像で見て動きを真似たり、影響を受けたといわれているほどの技巧派。

試合を進めるにつれて、あることに気が付いた。
内藤の動きがまるでオレンジやレッドのショートタイツ姿で1990年代の新日本プロレスで躍動していた"天才"武藤敬司を彷彿させたのだ。

コーナーに飛びついての振り向き様のクロスボディー、ポーンとロープに飛び乗ってのミサイルキック、綺麗なブリッジのジャーマン・スープレックス・ホールド、緩急をつけた独特のリズム…。

まさしく1990年代の武藤敬司の再来ともいえるムーブを当時キャリア4年弱の内藤はやってのけたのだ。

実は内藤は小学生時代に友達とプロレスごっこをする時に武藤敬司役をよくやっていたのだという。
しかも、1試合を丸々スロー再生して、武藤の動きを研究してマスターしたという。
この経験がもしかしたらプロレスラー内藤哲也の武藤によく似たプロレスに繋がったのかもしれない。

試合は好試合となり最後は内藤の得意技スターダスト・プレスでアンダーソンを破りに観戦に進出した。

2010年3月20に愛知県体育館で開催されたNJC二回戦。
この日のメインイベントは"新日本のエース"棚橋弘至VS内藤哲也 注目の対決。
しかし、試合数日前に棚橋が右ヒザを負傷し、大ピンチを追い込まれたのだ。

試合前日まで欠場するほどの重傷で、2回戦も棄権するのではと思われていたが棚橋は姿を現した。
対する内藤は時折、笑みを見せながら花道を歩く。
内藤にはどこかしらの心の余裕が見えた。
彼にとって棚橋弘至は目標にしているレスラー。
だから棚橋戦は内藤にとって特別な試合だった。

内藤はありとあらゆる手をつかい棚橋の右ヒザを攻めつけた。
リバース・インディアン・デスロック、ゴリラクラッチ(変型テキサスクローバーホールド)、膝へのキーロック(ショート・レッグシザース)…。
棚橋の足殺しには定評があるが、内藤の足殺しには棚橋とは違うアプローチで敢行されていた。

ジャーマン・スープレックス・ホールド、ドラゴン・スープレックス・ホールド、スターダスト・プレスと大技攻勢で粘る棚橋を撃破し、内藤は準決勝進出を果たした。
大番狂わせを演じて見せた内藤は試合後、棚橋を踏みつけて勝ち名乗りを受けていた。

試合後、内藤はこのようなコメントを残している。

「まぁ、相手がケガ人だからね。これは順当でしょう。番狂わせでも何でもない。言い訳しときゃいいよ、棚橋。これで1年3ヶ月前にやったシングルと合わせて1勝1敗だから。次が重要だろう。次、勝った時にもっと大きいこと言わせてもらいますよ。(ファンの反応について) 決まった瞬間の沸き方というのが、うれしくもあり、みんなにとっては意外な結果だったという証拠だからね。ちょっと悔しいかなという。(『勝負に徹した闘 い方だったが?』)プロレスの基本だから、これは。相手が痛めているところ、弱いところを攻めて行くというのは、鉄則だからね。今日、俺はお手本のような試合をしただけ。『卑怯だ』って言う人がいるかもしれないけど、これ普通だからね。普通そうでしょ? ケンカしてる時に、相手が脚に包帯巻いていたら、そこを狙うに決まってンじゃん。まぁ、教科書どおりですね。前も言ったけど、なんか勘違いしてる人多いよ ね。俺ら(NO LIMIT)は『タッグじゃなきゃできない』みたいな。そんなことないよ。俺、シングルでも自信あるもん。俺、スッゲー自信あるからね。シングルの方が、 100パーセント自分の思うようにできるから。シングルになったら、俺負けないよ。俺はメキシコで確固たる地位を築いてきたから。俺は本当のスーパースターだよ。日本じゃまだ違うけど。それは認めるけど。俺はメキシコではスーパースター。(IWGPヘビー級王座について)IWGPは強さの象徴。誰もが欲しがっているベルトであることは間違いないし、 俺だって欲しい。でも、こういうのって結果はあとからついてくるもんだからね。俺は今、久々のシングルを一試合一試合楽しんでいる最中だから。尼崎が終わったら考えますよ。今はとりあえず、2試合やんなきゃいけないんで、そのことを頭に入れて楽しみたいと思います。(中邑について)俺とは見てる方向というか、目指す方向というか、ちょっと違うなって感じるんで。俺、あんまり中邑選手の試合を見てないです。俺と対極いっている感じなんで。見てても俺の心に は響かないんで、中邑真輔。強いとは思うよ、チャンピオンだから。でもあんまりピンと来ないですね。(『内藤選手の目指す方向とは?』)もちろん強さは 持ってなきゃいけないと思うよ、絶対に。ただ、俺はむしろお客さんが楽しめるような。小さい子供にもわかりやすいプロレスをやりたい。初めて見に来る小さ い子供であったり、女の人であったり、お年寄りだったり、そういう初めて来るお客さんに伝わりやすいプロレスというのを俺はやりたいですね。ボマイェとス ターダストプレス、どっちが初めて来たお客さんに響くか? 俺はスターダストプレスだと思っているから。俺はそういう方向」

2010年3月22日兵庫・尼崎市記念公園総合体育館にてNJC準決勝・決勝が行われた。
内藤は準決勝で真壁刀義と対戦した。
真壁は前年(2009年)のG1CLIMAX優勝者だ。

内藤はこの真壁戦でも武藤ムーブを爆発させる。
ロープに飛び乗ってのミサイルキックや雪崩式フランケンシュタイナーまで披露した。
だが真壁に一日の長があった。
最後はスパイダー・ジャーマンからのキングコング・ニードロップで敗退。
こうして内藤のNJCはベスト4という結果で終わった。
 
試合後、真壁からこんなコメントが飛び出した。

「ノーリミットだかノーメリットだかわかんねぇけどよ? オメェらに言っといてやるよ!! プロレスは頭だぁあ? 技術だぁあ?たわけたこと抜かしてんじゃねぇぞ!! (胸をさしながら)プロレスはここでやんだよ!! プロレスはここで闘うんだよ!! 勘違いすんんじゃねぇぞ!!」

一方の内藤は…。

「あ~。クソ! ……べつに言い訳はねぇよ? ああ~。楽し かった、シングル。もう一試合やるつもりだったけど。ひさびさのシングル、楽しかったぁ! 3試合だけど、俺かなりレベルアップしたと思うよ。すっげー自信ついたし。追い込んだでしょ、俺? 追い込んだよね? べつに真壁に勝ったとこで普通でしょ? 大金星でもなんでもねぇ。普通くらい追い込んだだろっ て? いや~。でもホント、シングル楽しかった。でも、俺はタッグのチャンピオンだからね。ただ! ただ! 何回も言ってるけど、勘違いしないでくれ。俺はただのタッグ屋じゃねーよ? 俺はシングルでもいけるんだよ。すっげー、自信あるから!」 

真壁に敗れても内藤の向こう気は収まることはなかった。
シングル戦線でもやっていけるという自信を彼はこのNJCで掴んだのかもしれない。

凱旋当時は赤い彗星、赤い流星と呼ばれた内藤哲也は1990年代の武藤敬司を彷彿とさせるようなスタイルで新日本プロレスに新風を吹き込んだ。

紆余曲折の末、"制御不能"というフリーダムなプロレススタイルに到達した内藤哲也の姿に武藤敬司の影はどこにもない。
内藤哲也は武藤敬司という彼が影響を受けたカリスマを自分自身で昇華することによって、オンリーワンのレスラーになるという成長過程を辿り着いたのかもしれない。

プロレスラーの自分作りは一長一短ではできない。
まさしく、トランキーロ(焦らない!)であることが大切なのかもしれない。

この記事を書いたライター: ジャスト日本

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