2016/3/4 20:08

1991年2月アメリカ・アリゾナ、日本中を震撼させた外国人頂上決戦が米国逆輸入~スタン・ハンセンVSビッグバン・ベイダー~【ぼくらのプロレス物語】

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1991年2月アメリカ・アリゾナ、日本中を震撼させた外国人頂上決戦が米国逆輸入~スタン・ハンセンVSビッグバン・ベイダー~【ぼくらのプロレス物語】
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日本プロレス界で実現した外国人レスラー屈指の名勝負として挙げられるのは1990年2月10日東京ドームで行われたスタン・ハンセンVSビッグバン・ベイダー。

男と男、肉体と肉体、魂と魂がぶつかるスーパーヘビー級の怪物同士の肉弾戦に東京ドームを越えて日本中のプロレスファンを震撼させた。

そんなハンセンVSベイダーは後にアメリカでも実現していたという事実は意外と知られていない。

1991年2月24日アメリカ・アリゾナで開催されたWCWのPPVイベント「WRESTLE WAR 1991」。
このイベントの特別試合として行われたのだ。

実はハンセンVSベイダーはアメリカのAWAマットで過去に何度も実現していた。
ベイダーがまだ本名のレオン・ホワイトを名乗っていた新人時代の頃で、ハンセンにベイダーは負け続けた。

そんなハンセンVSベイダーが日本での大激闘がアメリカ本土に逆輸入という形で実現。

ベイダーはいつもの毒々しい甲冑姿で入場してくると、ハンセンは何故か紙タバコを加えながら、ブルロープを振り回しながら入場してきた。

試合は日本で行われた肉弾戦をそのまま輸入した内容となった。
ハンセンのパンチやタックル、バックドロップ、ベイダーのベイダーアタック、ビッグバン・クラッシュ…。

そして試合終盤にハンセンとベイダーの場外乱闘に発展し、放送席にいたダスティ・ローデスまで巻き込んでいく。
ハンセンがローデスにイスを投げつけたり、ハンセンとベイダーは何故かローデスを巻き沿いにしながら殴り合い…。

リングに戻った二人は両膝をつきながら、互いの顔面をパンチで殴り合う。
そして、制止するレフェリーをハンセンが片手で捕まえて場外に投げ捨てた。

ゴングが鳴った。
両者反則裁定が下った。

ハンセンとベイダーは試合後も乱闘を続け、控室に強制連行されながらも殴り合っていた。

そんなハンセンとベイダーがその7年後の1998年5月に全日本プロレスのリングでタッグを組むことになるのである。

ちなみにベイダーは今までのレスラー人生の中でベストバウトとして1990年2月10日のハンセン戦だと答えたという。

この記事を書いたライター: ジャスト日本

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