2016/2/13 21:41

ブラッド・アームストロングはどうしてブレイクできなかったのだろう… 【ぼくらのプロレス物語】

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ブラッド・アームストロングはどうしてブレイクできなかったのだろう… 【ぼくらのプロレス物語】
4.0

ブラッド・アームストロングは稀代の職人レスラーだった。

183cm 102kgの肉体、アームドラッグ、ドロップキックといった基本技が特に綺麗で、父親や兄弟もプロレスラーというレスリング一家で育った男だ。得意技にしていたのが高速の河津落とし(ラシアン・レッグ・スイープ)。セリビアンブルーのショートタイツに星条旗のマークが入ったコスチュームをトレードマークにしていたブラッド。

全日本プロレス、新日本プロレス、WCWで活躍したブラッドだったが、その実力の割には日の当たらないレスラー人生だった。

ある日のテレビ中継でのブラッドの試合でのことだ。
解説者のマサ斎藤はこうつぶやいた。

「こんなに実力があるのにどうして人気が出ないのだろう」

WCWでは覆面レスラーになったり、ラッパーになったりとかなり迷走していた印象が強い。

新日本では常連外国人レスラーとして来日し、スコット・ノートンと組んで、一度だけIWGPタッグ王座に挑戦したことがあったが、タイトル戦線に絡むことはなかった。

彼にとってレスラー最良の日となったのは1992年7月にスコッティ・フラミンゴ(レイヴェン)を破り、WCW世界ライトヘビー級王座を獲得したあの日くらいだったのだろうか。

その後、ブラッドはWWEのエージェントとなり、2011年には父ボブ・アームストロングの殿堂入りのインダクターとなったのはブラッドだった。

ブラッドは2012年11月1日に自宅をこの世を去った。
享年51歳だった。

"報われなかった職人レスラー"ブラッド・アームストロングが一瞬でもいいからプロレス界で大ブレイクする姿を私個人としては見たかった気がする…。

この記事を書いたライター: ジャスト日本

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