2016/2/12 9:54

1991年10月横浜、川田利明27歳 一世一代の三冠王座初挑戦 【ぼくらのプロレス物語】

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1991年10月横浜、川田利明27歳 一世一代の三冠王座初挑戦 【ぼくらのプロレス物語】
4.7

"デンジャラスK"川田利明は"全日本プロレスの至宝"三冠ヘビー級王座を五度戴冠、10度防衛の最多防衛記録を誇る。川田は6度目の挑戦で、三冠王座を獲得した苦労人。三沢光晴との数々の三冠戦では名勝負を展開した。

そんな川田が三冠王座を初挑戦したのが1991年10月24日、横浜文化体育館。
王者は"完全無欠のエース"ジャンボ鶴田だった。
当時川田は27歳。
キャリアは9年。

鶴田と川田。
二人はタッグマッチで熱いバトルを繰り広げた。
川田は徹底的に鶴田の顔面を蹴り上げ、怒らせようとした。
一方の鶴田は川田が相手になるとあの手この手と叩き潰すプロレスをしてみせた。

1991年1月の6人タッグマッチで事件が起こった。
川田の攻めになんとあの鶴田がブチ切れた!
頭が吹っ飛びそうなエルボー、顔面を貫くビッグブーツ、何度も何度も背中に叩きつけるイス攻撃。
それは誰も見たことがない怪物の姿だった。

川田はそれでも鶴田に立ち向かっていった。
この抗争の集大成が1991年10月の三冠戦だった。

川田は鶴田のお株を奪う拷問コブラツイストをかけて挑発、ヘッドロックを執拗に仕掛けたり、キャメルクラッチ式スリーパーなど絞め技や関節技を展開。
だが、鶴田は動じない。

ビッグブーツとキチンシンクで流れを変えた鶴田はフライング・ボディーシザース・ドロップ(テーズ・プレス)→豪快なドロップキック→バックドロップホールドで文句なしの勝利。

川田にとっては苦い三冠初挑戦となった。

川田が三冠を戴冠するのは一世一代の初挑戦から三年後の1994年10月のことだった。
悲願の三冠王座を戴冠した川田は試合後のインタビューでこう語った。

「これまで懲りずに応援してくれたファンの人にお礼が言いたいです」

この記事を書いたライター: ジャスト日本

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