2016/2/5 19:43

1993年冬の名古屋、ジュラシック・パワーズのピンチに"超竜の良き女房役"ヘラクレス・ヘルナンデスが燃えた夜【ぼくらのプロレス物語】

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1993年冬の名古屋、ジュラシック・パワーズのピンチに"超竜の良き女房役"ヘラクレス・ヘルナンデスが燃えた夜【ぼくらのプロレス物語】
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ジュラシック・パワーズ(スコット・ノートン&ヘラクレス・ヘルナンデス)は1990年代の新日本プロレスで活躍したタッグチームだ。

元々、このチームが出来た背景には1992年11月に新日本に誕生したロードウォリアーズのホークと佐々木健介(パワー・ウォリアー)が結成したヘルレイザーズのライバルタッグとして新日本が作り上げたものだった。

スコット・ノートンは新日本最強外国人レスラーで後にIWGPヘビー級王座を二度戴冠する怪物。またの名を恐竜を越えた存在"超竜"と呼ばれている。

ノートンのパートナーを務めるヘラクレス・ヘルナンデスはノートンよりも年上でキャリアも豊富なパワーファイター。WWE(当時WWF)ではハーキュリーズ(ヘラクレスを英語ではこう言う)というリングネームで長年活躍。大型ヒール、やられ役、タッグ屋などあらゆるポジションで彼は活動した。

ヘルレイザーズとジュラシック・パワーズはライバルとして抗争を繰り広げた、
時にはヘルナンデスが愛用のチェーンでパワーの首を締め上げ反則負けと喫したり、パワーがヘルナンデスのチェーンを腕に巻いてラリアットを爆発させた。

そんな中でジュラシック・パワーズは1993年8月にヘルレイザーズを破り、IWGPタッグ王座を獲得した。それはほぼ一方的な圧勝劇だった。
秋のSGタッグリーグ戦ではその力を見せつけ、準優勝。
特にヘルナンデスの潜在能力が爆発した印象が強かった。

1993年12月10日、愛知県体育館。
ジュラシック・パワーズが保持するIWGPタッグ王座に、元WWE世界タッグ王者ナスティ・ボーイズ(ジェリー・サッグス&ブライアン・ノッブス)が挑戦した。

ナスティ・ボーイズはデビュー時からコンビを結成し、コンビネーション抜群の悪ガキコンビである。

だが、試合前からノートンは肩に爆弾を抱えていた。
どうやら余りにもオーバーワークをし過ぎて、肩を痛めたようだった。
彼の肩にはテーピング、ナスティはノートンの肩を徹底的に攻めた。

ジュラシック・パワーズのピンチを救ったのは"女房役"ヘルナンデスだった。
ナスティの二人をダブルラリアットでなぎ倒し、パワースラム、チョークスラムで叩きつけ、大活躍。フィニッシュはノートンに託して、見事に勝利に導いて見せた。

ヘルナンデスが燃えた名古屋の夜。
それは今まで声援があまり起こらなかったプロレスラーが大歓声に包まれた瞬間だった。

ヘルナンデスは1994年まで新日本に参戦し、その後アメリカ・インディー団体を転戦し、1997年にプロレスを引退し、トラックドライバーに転身した。
一方のノートンは2006年まで新日本の常連外国人として活躍した。
ノートンはさまざまなタッグパートナーがいたが、彼にとっての最高の相棒はやっぱりヘルナンデスだった。

2004年3月6日、ヘルナンデスは心臓発作のため、この世を去った。
享年47歳だった。

ノートンは現在、自動車会社に勤めているという。

1990年代の新日本プロレスを"力"で沸かせたジュラシック・パワーズの進撃は、後世に語り継がれていくものだろう。

この記事を書いたライター: ジャスト日本

コメント

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  • ノートンはいろんなパートナーと組んでIWGPタッグに挑戦してましたが一番のパートナーは彼だとおもいます。
    最後までノートンを引き立てた最高のバイプレイヤーだったと思います。

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    (2016/2/5 23:44)
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