2016/2/4 17:54

1988年春、"神になろうとした超獣"ブルーザー・ブロディが見せた涙【ぼくらのプロレス物語】

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1988年春、"神になろうとした超獣"ブルーザー・ブロディが見せた涙【ぼくらのプロレス物語】
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"超獣"ブルーザー・ブロディは神の領域に達しようとした外国人プロレスラーだった。

本名はフランク・グーディッシュ。
198cm 135kgの巨体ながら運動神経抜群、元新聞記者という異色の経歴を持つ卓越された頭脳、「プロレスはチェス」と考えたそのプロレススタイル、暴君の如く暴れまわるその凶暴さ。

獰猛ながら緻密な完璧主義者。
それがブロディだった。

かつてアントニオ猪木が「自分の物差ししかない男」と評したように、自己顕示欲が余りにも強い、プロモーター泣かせの男だった。

だが、その素顔は家族思いのマイホーム・パパで、倹約家だった。

そんなブロディがリング上で男泣きをしたことがあった。

1988年3月27日、全日本プロレス・日本武道館大会。
この日ブロディはジャンボ鶴田が保持するインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦した。
ブロディにとって鶴田は自他ともに認めるライバルだった。
実はブロディは全日本プロレスで名を馳せ外国人エースとなるも、1985年に新日本プロレスに移籍するも、トラブルが続出し永久追放処分を受けていた。

日本で試合ができなくなったブロディを受け入れたのは古巣の全日本プロレスだった。
ブロディはこの試合に賭けていた。

「もう一度、全日本で俺の凄さを見せつける」

ブロディと鶴田は洗練された攻防を披露する。
鶴田はダイビング・ニーパットから得意のバックドロップを決める。
ブロディは全ての流れを変える人間ICBM弾と称されるビッグブーツ、隠し技のフライング・ボディーアタックで反撃する。

終盤、鶴田のフライング・ボディーシザースドロップをロープに喉をぶつけるスタンガンで切り返したブロディはダウンしている鶴田に対し「ここが勝負だ」と定め、高らかに右腕を上げて、走りこんでフワリと浮いた…。

必殺技のキングコング・ニードロップが決まり、カウント3。
ブロディの勝利、かつて長期間保持していたインター王座を奪回した。
そして、ブロディは次の瞬間、右腕を思いっきり突き上げて喜んでいた。

いつのまにか紙吹雪が舞っていた。
その中でブロディは泣いていた。
何度も両手でガッツポーズをするブロディ。
こんなブロディは誰も見たことがなかった。

試合後、PWF会長のロード・ブレアースや、トロフィーを渡す立会人に抱きついて喜びを表現するブロディにファンは「ブロディ」コールの雨が降り注ぐ。

そして、リングに降りたブロディはなんとリングサイドのファンに抱きついたのだ。
咆哮を上げながら、ブロディとファンは歓喜を共有していた。

ブロディはこの涙について後日、インタビューでこう答えている。

「私にだって人並みの感情はあるさ(笑)。喜びは、より多くの人と分かち合いたい」
(DECADE(デケード) 1985~1994 プロレスラー100人の証言集(上下巻)斉藤文彦 著)

しかし、ブロディはこの涙の4か月後の1988年7月17日にこの世を去った。
享年42歳だった。

あの日、日本武道館で見せた超獣の涙。
それは"神になろうとした暴君"ブルーザー・ブロディが"人間"フランク・グーディッシュに回帰した瞬間に溢れてきた奇跡の滴だったのかもしれない。

我々は、3月27日になるとブロディの涙を想いだし、7月17日になるとブロディを追悼するというヘビーローテションは今後も終わることはないだろう…。

この記事を書いたライター: ジャスト日本

コメント

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  • ブロディ本当にかっこよかったなー

    ID:129 [通報]
    (2016/2/5 1:22)
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  • ターザン山本がブロディを人間に戻したのはジャイアント馬場だったというタイトルでこれに近い記事書いてたな。

    ID:2652 [通報]
    (2016/2/5 12:24)
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