2016/1/29 8:17

伏兵マイク・イーノスが最も輝いたある日の札幌【ぼくらのプロレス物語】

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伏兵マイク・イーノスが最も輝いたある日の札幌【ぼくらのプロレス物語】
4.0
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1995年2月4日、新日本プロレス・札幌中島体育センター大会。

この日のメインイベントは海外から凱旋帰国を果たした若干23歳の天山広吉が橋本真也が保持するIWGPヘビー級王座に挑戦したタイトルマッチだった。

試合は天山の潜在能力がいかんなく爆発し、橋本をあと一歩まで追い込んだ名勝負だった。

しかし、この日の大会で最も輝いたのは橋本でも天山でもなかった。
橋本や天山以上に輝いたのがある中堅外国人レスラーだった。

その男の名はマイク・イーノス。
当時、新日本に度々、来日していた。
レイガンズ道場出身の実力派で190cm 125kgの巨体を持ちながら、どこか地味な印象が強かった。

この日、イーノスは新日本最強外国人レスラーのスコット・ノートンと組んで、世界最強タッグチームのスタイナー兄弟(リック&スコット)と対戦した。
戦力的にスタイナー兄弟に一枚おとるノートン&イーノスが不利になるのが予測できた。

「このカードなら、スタイナー兄弟の実力の前にイーノスがやられ役になるのだろうな…」

しかし、試合は思わぬ方向に進んでいる。

パートナーのノートンが前日の武藤敬司とのIWGP王座挑戦者決定戦に勝利した際に、武藤の執拗な左腕殺しに遭い、負傷していたのだ。
ノートンの左腕は内出血していた。

ノートンは試合に穴を開けることを嫌い、この日の試合に強行出場した。
だが、スタイナー兄弟の左腕への攻撃により、戦闘不能状態に追い込まれ控室に直行。リング上はイーノスただ一人となった。

世界最強タッグチームのスタイナー兄弟の猛攻をイーノスは一人で受け続けた。
合体攻撃も、雪崩式攻撃も、アマレス仕込みのスープレックスも…。

「やられるのは時間の問題か…」

だが、イーノスは3カウントだけは許さなかった。
それはプロレスラーとして、いや男としての意地だった。
いつしか観客はイーノスに声援を送っていた。

そんなイーノスの耐え忍ぶ姿に胸を打たれたノートンが左腕にテーピングを巻いて、花道を走ってきて復活。
ノートンの復活に燃えたイーノスはスタイナー兄弟のお株を奪うベリー・トゥー・ベリー・スープレックスまで披露し、場内は大歓声に包まれた。

だが、スタイナー兄弟にも世界最強タッグチームとしての誇りがある。
最後はオリジナルの合体攻撃でイーノスは軍門に下った。

だが、イーノスの健気な姿に札幌のファンは心を打たれていた。
遂には「イーノス」コールまで発生していた。

ただのやられ役で終わるはずだった男がこの日の札幌で最も輝いていた。
伏兵が主役になることがあるのもプロレスなのである。

この記事を書いたライター: ジャスト日本

コメント

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  • 懐かしい。AWAの末期にウェイン・ブルームと組んでディストラクション・クルーと名のって新日本にやってきたこの選手。
    当時はマイク・エノスと表記されてた。
    うちの地方にきたときのメインは武藤対イーノスで意外に熱戦だったの覚えてる。

    ID:2652 [通報]
    (2016/1/29 21:53)
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  • 意外なレスラーが脚光を浴びるってのはありますね。今でこそトップレスラーですが石井選手は田中選手とのタイトルマッチを経て一気に表舞台に出ましたし。真壁選手や本間選手も長い間日陰の扱いでしたから。どの団体でもですが何がきっかけで脚光を浴びるかわからないからプロレスは面白いです。

    ID:5984 [通報]
    (2016/1/31 2:31)
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