2015/9/13 18:42

中邑の思いつきに、斎藤彰俊の三沢へのメッセージ…『9月のプロレス名言集』

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中邑の思いつきに、斎藤彰俊の三沢へのメッセージ…『9月のプロレス名言集』
2.7

 9月はスポーツ&芸術の秋宜しく、同月の各団体の来歴を振り返るとともに、闘いを彩った名言(21世紀編)をご紹介。記憶の新しい選手たちの息吹を感じて欲しい。

■「シャワールームで悩んでいた中邑さん」(オカダ)
 新日本プロレスの9月は、神戸など、関西圏でのビッグマッチを常道とし、10月の両国大会へと盛り上がって行くが、その意味で物議を醸したのが、09年9月27日、IWGP王座決定戦を制した直後の中邑のマイク、「猪木! 旧IWGP(ベルト)は俺が取り返す!」(神戸)。突然、IGFを主宰する猪木に喧嘩を売ったのだ。旧デザインのベルトは当時、確かにIGFが所有しており、業界も、「対抗戦か!」と色めきたったが、実はこれ、中邑のただの思いつき。この発言の数日前、「何か面白いことないかな~」と悩む姿を、当時若手だったオカダ・カズチカが目撃している。猪木と言えば、数々の見切り発車の発言で周囲を驚かせることで知られるが、ここは中邑がそんな猪木に対して、一本取った形となった。

 山本小鉄の逝去後、初のIWGP戦で防衛した真壁のマイクも印象深い。(10年9月26日)若手時代、先輩から数々の無視を受けて来た真壁が「お前らには言ってもわからないと思う」とあえて前置きし、「こてっちゃんは俺の名前を覚えて呼んでくれて、ケアしてくれた。俺にとっては最高の人だった」と故人へ感謝を語った。葬儀において、棺を持つ先頭を務めたのは前田日明。しんがりを務めたのは真壁だった。

■馬場さんゆかりのキャディラック。ナンバーはキックと同じ「16」
 全日本の9月と言えば、00年代はやや大きな興行に欠けたが、ここ3年は「王道トーナメント」の開催に注目。13年に初優勝した曙は、「男として決めたことはやる。言い訳は言わない。それが自分の中での王道」と見解(23日)。ジャイアント馬場期の同団体を彷彿もさせた曙は今年、馬場元子夫人から、馬場が乗っていたものと同型のキャディラックをプレゼントされている。

■普段の黒でなく、白装束で入場した斎藤彰俊
 そして、9月の大試合と言えばNOAH。GHC戦を中心に名勝負が多いが、02年9月23日、日本武道館で高山善廣のGHC王座に三沢光晴が挑戦した際、予告した言葉は、「俺はプロレスの凄みを見せる」。そして、凄絶な死闘の末、エルボーで三沢は勝利し、高山は左肩亞脱臼と右眼窩底骨折で病院に直行。高山は当時、PRIDEのリングを席巻する存在だっただけに、NOAHからの強烈なアピールとなった。

 09年9月27日、その三沢を追悼するメモリアル興行も忘れがたい。(日本武道館)。三沢の最後の相手となった斎藤彰俊が、潮崎豪のGHC王座に挑戦。三沢にかけた最後の技であるバックドロップを連発。いたたまれない気持ちになった客かも知れない。だが、その真意を彰俊は、「天国の三沢社長に、『精神的に僕は大丈夫です』と伝えられるファイトをしたかった」と明かしたのだった。

この記事を書いたライター: 鳥浜 英佐

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